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第十五章 5

 いつも優しげに微笑む綺麗な樹の母親。  僕らが楽しんでいる裏でそんなことがあったとは。  暴力を振るわれていた。今なら不信に思うかも知れないことを子どもの僕は気がつかなかった。  仕方がないとは言え、胸が痛む。 「幼い頃から俺の親は母さん一人で、親父のことは母を泣かせる悪者くらいにしか思えなかった。俺は──母さんを守れるヒーローになりたかったんだ」  樹は小学生の頃、弱い者苛めや曲がったことが許せない子どもだった。  だけど、本当に守りたかったのは、樹の母親だったんだ。  それが、ヒーローに憧れるという形になった現れてたんだ。 「野球は好きだった。でも、プロ野球選手になりたかったのは、金を稼いで母さんを解放してやりたかったからなんだ──とんだマザコンだろ」  自嘲気味に笑う。  僕は首を横に振った。  全部全部、母親の為だった。    あの頃、お母さんが樹のすべてだったんだなぁ……。  僕も母親のことが大好きだ。だから、わかる。  でも、あの頃僕は、樹のことも好きだった。  だから、あの頃の樹の気持ちを知って、少しだけ寂しく思う。 「けど、結局は俺のそういった行動が、すべてを駄目にしてしまったんだ。制御出来ずにやり過ぎてしまうところなんて……実は親父に似ているのかもな……あの『仕返し』のことが決定打になって離婚することになったんだ」  僕の怪我は直接ではないけど、やはり、きっかけにはなっていたんだ。  謝ることではないのかもしれない。でも言わずにはいられない。 「いっくん……ごめん……僕が怪我なんかしたから……」 「なんで謝る? ナナは悪くない、俺が全部悪い。それに──母さんは再婚して、今は幸せなんだ」  樹は小さな子にするように、僕の頭を撫でた。その顔は酷く寂しそうだった。 「俺は野球も母親も失って、心の中が空っぽになった。それから、お前のことも……」    僕のこと。  僕のことは、どうなんだろう。  どうして、を境に、いっくんは僕から離れて行ったんだろう。  しかし、樹の言葉はそこで途絶えた。  残った紅茶を飲み切ると、 「俺、そろそろ帰るわ。情けない姿見せて悪かったな」  そう言って立ち上がった。 「そんなことない……ないよ、いっくん」  いろいろ伝えたい気持ちがあるのに、上手く伝えられそうになくて、言葉を飲み込む。 「ナナ…………」 「なに、いっくん……」 「俺、またここに来てもいいかなぁ。昔みたいに」  やっぱり弱ってるだと感じた。  普段の樹なら言いそうにないことだ。  なんであの時あんなこと言ったんだろうと、あとで自分を笑うかも知れない。  それでも、今はその言葉が嬉しい。 「うん。いいよ。いつでも来て」  「サンキュ」  嬉しいような哀しいような複雑な気持ちで、僕は玄関先から樹を見送った。

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