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第二十三章 8

「泣くなよ……俺、お前が泣くと……さ」  手首を(さす)っていた大きな手が持ち上がって、僕の顔に向かって伸びて来る。  「めちゃくちゃ……胸が痛くなる……」  零れて来る涙をその指で掬う。  そんな仕草にも胸がきゅっとなって、涙が止まるどころではない。滝のように流れて来る。 「いっくーん」  樹は何度も掬って飛ばし、なんてことをしながら、「あれ?」と何か疑問に思ったようだった。 「なんか、同じようなこと、夢の中で……小さい頃のナナが泣いてて」 「いっくん。それ、夢じゃないよ~。小さい頃の僕でもないし~。僕、僕。き、昨日も来て。でも、いっくんが目を覚まさなくて、泣けてきちゃって。そしたら、いっくんが同じようなこと言って、頭撫でてくれてっ」  ひっくと泣きじゃくりながら懸命に説明したけれど、ちゃんと通じているだろうか。  いつまでも涙が止まらないので、今度は自分が掛けている上掛けを引っ張って顔に押しつけて来た。 (いっくんっ。急に、雑っっ) 「あれ、夢じゃなかったのか……ナナが誰かに苛められて泣いてんのかと思ったけど、泣かせたの俺か」 「そうだよっ」  ははっと彼は軽く笑った。  その後、少し改まった声に変わり。 「……俺、今度こそちゃんとナナのこと、守れたんだな」  ほっと安堵の息が漏れるのが聞こえた。  僕はどうにか涙を上掛けに全て吸い取らせ、顔を覗かせる。  樹の顔をじっと見詰めた。 「いっくん……」 (いっくん、やっぱり、『あの時』のことずっと……) 「メイさんが言ってた──なんでいっくんはあの時、相手を先に排除しないで、僕を庇ったのかって。いっくんならやっつけちゃったほうが早く終了したんじゃない? って」  あの時はそんなこと考える余裕もなかったけど、冷静に考えれば確かに明の言う通りだと思った。 「そうだよ……少し怪我が増えてもここまでにはならなかったはず……なのになんで……」 『ここまで』な姿を見ながら言うと、樹もやっぱり首を傾げていた。 「だ、よな。なんでかな」 (え? 本人にもわからず?) 「──ただ、ナナを守りたかった……冷静に何か考える間もなく、身体が動いたんだ。こんな傷なんて、『あの時』ナナが負った怪我に比べたら……」  樹の手がまた顔の前に伸びて来て、額に触れる。  僕の額の傷。見えないように隠して、酷く苦しそうな顔をしている。 「でも、いっくん。いっくんの今の怪我のほうが酷いと思うよ~」  苦しそうな顔をどうにか和らげたくて、明るく言ってみた。  でも、それは余り成功しなかったようだ。  ふっと笑ったけど、何処か自嘲気味。 「心の傷も、だよ。お前まだ怖いだろ、上から覗き込まれるの」  確かに樹の言う通り、それはまだある。  でも『心の傷』と言うのなら、一番の傷は──『あれ』だ。 (いっくんが……僕から離れたこと……なんで、あの時、いっくんは……)  

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