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第二十三章 9
「──あの時、俺はお前を全く守ることが出来なかった……それどころか、自分がテンパってしまってお前を置いてったことにさえ、気づかなくて……」
樹は、僕の目をじっと見て『あの日』のことを語り始めた。
この先には、僕の一番知りたかったことが待っているのだろうか。
どくんと心臓が音を立てる。
期待であり、また不安でもある。
「俺の失態でナナに怪我をさせた。それなら、償おうと思った。母と一緒に謝罪しに行き、毎日見舞いに行く。もしその傷のせいで誰かに何か言われたら、俺がそいつらに言い返してやろう──小さい頃の俺はそれが償いになると思っていた。だけど、『あの日』実際にお前の傷を見て」
樹はきゅっと唇を噛み締める。
「結局そんなの自分に都合のいい想像でしかなかったって気づいたんだ。幾ら男だって目立つ額に一生残る傷が……まだ真新しい傷は本当に生々しくて。気持ち悪いとかそういうんじゃなくて、自分が怪我したほうがよっぽどいいと思うくらいの後悔が押し寄せてきたんだ」
「いっくん……そんなこと」
自分はそんなこと、これっぽっちも思っていないと伝えたかった。でも、樹はその僕の気持ちを解った上で、頭 を振る。
「それだけじゃなくて。俺のナナに一生消えない傷をあんな奴らがつけたことに、猛烈に腹を立てた。あの時の俺の頭は、いろんな想いでぐらぐら揺れていて、今すぐここを出なくちゃって思った」
初めて聞く『あの日』の樹の『想い』。
樹はあの時、僕の傷を『気持ち悪い』と思ったわけじゃなかった。
(いっくん……僕のことをそんなふうに大切に思ってくれてたんだ)
一度引っ込んだ涙が再び零れてきそうになる。
「急いでナナんちを出て家に帰れば、母がリビングで泣いてた。また親父に何か言われたんだろう。原因は大概俺だ。──それを見て、俺は思ったんだ。俺はいつも自分に酔ってやり過ぎてしまうところがある。母親を泣かせて、それから、ナナに怪我を負わせた。俺といると皆不幸になるんじゃないかと──大事な人間をこれ以上巻き込んで、傷つけちゃいけない。だから……ナナ」
樹は長い話の間、ずっと僕の目を見詰め続けていた。それはまるで罪のある人が懺悔するかのように。
「お前からも離れた……離れなくちゃいけないと思ったんだ。どんなに苦しくても辛くても……」
樹は僕を大切に思ってくれていた──嫌われて離れて行ったわけじゃない。
それはすごく嬉しかった。
でも、同時に怒りのようなものも沸いて来た。
「いっくん、僕、辛かったよ。悲しかったよ。いっくんが離れて行って。理由もわからず。嫌いになったのならそう言って欲しい、この傷が気持ち悪かったのならそう言ってほしい、ずっとそう思ってた」
「ナナ」
「いっくんは僕のこと大事に想ってくれたんだね、だから離れて行ったんだね……でも! 僕はいっくんといても不幸になんてならなかったとと思うっ」
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