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第二十五章 5

「その時には…………」  すごく何かを言いたそうな目をしているのに。  樹はまた黙った。  一瞬時間が止まったように感じたけれど、すぐに時間は動き出す。樹はぱっと僕から離れ、また海を見る。 (キス……! とか。そんなはずないのに。バカだな、僕)  樹がそんなこと考えるはずはないのに、勝手な願望が過ぎってしまい、恥ずかしくなる。赤くなる顔を隠したくて前髪を弄るが、昔みたいに隠せるほどほ長さはない。 「まあ……ナナも先に行くだろうから、実際には追いつくことなんてないんだけどな」 「──僕、留年しようか?」  軽い口調に救われて、僕も軽く返す。  そうしたら。 「馬鹿っ」  ぴしっとデコピンが返ってきた。 「ねぇ、いっくん」  自分の中にずっとあったこと。  僕はそれを訊きたくなった。 「僕たち──これからも、ずっと」 『卒業してそれぞれの道に行ったら、どうなるか分からない。その間だけでも一緒にいたい』  その考えはずっとあって。とうとう期限は切れたのだ。   「ずっと、友だちでいられる? またこんなふうには一緒に出かけられる?」  僕がこうして気持ちを伝えるには一大決心がいる。いつも思っても言い出せない。でもそれを伝えたいほど、樹を失いたくなかった。  何十年か経って『ああ、あの頃は仲良かったよね』なんていうただの思い出だけになるのは嫌だった。  自分の『想い』は叶わなくても。  友だちとしてでも。  いつか、樹が誰かを選んだとしても。  「当たり前だろ──ずっと一緒にいられる、いや、いるよ」  その嬉しい言葉を勇気に、もう一言加えた。わざわざ言うのも照れくさい言葉だけど。  今言わないともう言えない気がする。  「じゃあ、僕のこと『親友』にしてくれる?」 「え…………」  予想外に樹が固まった。 (あれ? 僕また間違えた?)  なんだか複雑な顔をしている。 「あ、図々しいよね、こんなの。『親友』っていうならメイさんのほうが……」  ついしょんぼりと零す。 「なんで、カナ」  ちっと舌打ちが聞こえて、びくびくっと身体が震えてしまう。  身を縮めて砂浜を見つめていると、隣で樹がふっと小さく息を吐く。 「──とっくに『親友』だ……まあ、こんな俺で良かったら、だけど」 「いっくん……」  ぱっと樹の顔を仰ぐ。  その言葉がじんわり染み込んで、縮こまった身体が和らいで行く。  樹も柔らかな笑みを浮かべて僕を見ていた。 「いっくん、ありがとう」 「ナナこそ、ありがとう。こんな俺をそんなふうに思ってくれて」  二人で微笑み合って、再び海を見る。 「……いっか、今は……」  そう樹が言ったように聞こえたのは、きっと僕の気の所為。  ──来年の今頃、僕らはどうしているだろう……。    

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