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第二十七章 2
「お先に失礼します」
「おつかれ~」
「お疲れ様でしたー」
私服に着替え挨拶をして裏のドアから外に出る。
こんな挨拶すら最初は恥ずかしくて小声だった。今はもう自然に言えるようになった。
裏門から出るとダッシュした。実は十時まで仕事をすると、いつも使うルートの最終にぎりぎりで、大抵こうして走っている。これを逃すと、別ルートのバスに乗らなければならない。バス停から家までの距離も長く、最後に急坂を登らなければならないので、なるべくいつものバスを使いたいところだ。
駅を越え、いつものバスの発車場所が見えるともうバスは到着していた。
中央のドアから乗り込む。割と席は埋まっており僕は一番後ろの座席の真ん中に座った。
間に合ってほっと安心したところでバスは出発した。
僕は徐ろにボディバッグからスマホを出す。
バイトのあとには必ずラインを見る。樹から連絡がないかと。勿論必ず毎日あるわけではない。
(今日クリスマスイブだし、もしかしたら……)
「えっ」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
左右に座っている人が驚いているような気配を感じて、ごめんなさいと心の中で謝る。
『今バスに乗って来たろ。バイト帰り? お疲れ』
このメッセージに驚かない筈はない。
(まるでいっくんもこのバスに乗ってるみたいな)
きょろきょろと見回すと、真ん中より前の一人用座席に座っている背中が目に入る。
(あれ、いっくんだよね? 背の高さといい、髪型といい、あの肩幅の感じも……)
『いっくん、乗ってるんだよね?』
『まあね』
僕は画面を開けたまま、軽く腰を浮かせてた。
その途端。
『こっち来るなよ』
そんなメッセージが送られてきた。
すっかり見透かされている。
『なんで? せっか一緒のバスに乗ってるのに』
『なんで? じゃねぇだろ。言ったろ、お前に追いつくまでは会わないって』
『えー。でも、もう二回会ってるじゃん、もう一回くらい』
実際にはこんなふうには言えそうにはないけど、ラインなのでちょっと調子にのって駄々を捏ねてみた。
『あれは……仕方なく……だな』
文字なのにしどろもどろな感じが伝わって来る。
少し間があってから、再びメッセージ。マナーモードで通知音もしないので、開いたままにしてある。
『今日はいつものアレなかったんだろ』
(あ、さっきまでの話なかったことにしたなー)
そうは思ったけど、余り執拗くは言えない。
『アレって、クリスマス&メイさんの誕生日?』
『それ』
『それは別日だよ』
このことは樹もグループラインで見ている筈。
『今日は二十歳の誕生日だし、やっぱり二人だけで過ごしたいんじゃないかと』
『いっくんは』
『行かねぇ』
『ですよね!』
泣き笑いのスタンプを送りつつ、本当は大泣きのスタンプでも送りたいくらいだった。
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