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第9話
習慣で早くから目が覚めた厚木は、隣でぐっすり寝ている吉継の、ベッドからはみ出ている足を戻して部屋を出た。
山科が来るまではまだ時間がある。
コーヒーを淹れて、ネットニュースなどをチェックする。
吉継が寝てしまい、しばらく寝顔を見ていたが起きる気配もなく、当然巨体を部屋まで運べるわけもなく、諦めて厚木も横になった。
前回のプレイで吉継は、|命令《コマンド》をくれる人なら誰でもいいといった様子だったが、今回は明確に厚木の|命令《コマンド》を欲していた。
慢性的な欲求不満を常に抱えている厚木に、それは心地よく感じた。
玄関の鍵が開く音がして、人が入ってきた気配。
程なくして山科が入ってきた。
「おはようございます」
「ああ」
「吉継さんは起きてなさらないですか」
「まだ寝てる」
主よりも先に吉継の様子を気にしている。まるで母のようだ。
「そうですか」
山科は、朝食の準備を始める。
「聡実さんの分も用意していいですか」
「ああ」
厚木は、朝を食べたり食べなかったり、体調や気分で決める。
特に決まりがないため、毎回事前に伺いを立てる必要があり、さぞ面倒臭いと思われているだろう。
朝食が出来上がるころ、天井からドスンと音がした。ドスドスとした音が段々大きくなって一旦遠ざかり、また大きくなる。
そんな品の無い音を立てるのは、ここには一人しかいない。
「厚木さん!」
「ああ」
「蘭さん、おはようございます」
「あっ…おはようございます山科さん」
大声を出したことを取り繕うように、照れながら山科に挨拶をする。すぐにキッチンから続いている居間に来て、厚木が座っているソファの横に座り込む。
「もう帰ったかと思いました」
「眼科に行く予定だ」
「はい。…次はいつ来ますか」
「さあ…約束はできないが…」
「どうして起こしてくれなかったんですか」
「なぜ起こさないといけない」
「…っ」
「足がはみ出てベッドから落ちそうになっても高いびきで寝ていたな?」
「いびきなんかかきません!」
吉継は、子どもだましの挑発にも簡単にのって顔を真っ赤にして喚いている。
ほんの一分前までの静寂が嘘みたいだ。
「お二人とも、朝食の用意ができましたよ」
吉継が朝食の片付けを手伝っている。
厚木は特にすることがないので、静かなところがいいと庭先へ移動する。
吉継が来るまで最低限の手入れしかされていなかった庭も、季節の草花を植え直したのか、見覚えのない花が咲いて、見違えるようになった。
庭に面した軒下で横になっていると、片付けが終わった吉継も座りに来た。
お盆にお茶を乗せている。
「厚木さん」
「なんだ」
「先に寝てしまってごめんなさい」
「気にするな」
「でも、もっと厚木さんと一緒にいたいのに…」
吉継が屈んで、仰向けに転がる厚木の額に唇をあてる。
唇は音もなく離れ、吉継は厚木の視線に気づいて言い訳をする。
「いつも厚木さんがしてくれるから」
「ああ」
”普通”がわからず、結局、厚木の真似をしたらしい。
「上出来だ」
身を起こし、言い訳で尖った唇に吸い付くようなキスをする。
「俺もあれでは物足りない」
「本当に…?またしますか」
「ああ、しっかりと笠井や押元にアピールしておくことだ」
吉継が一言”会いたい”と言えば、あの二人もなんとかしようと思うだろう。
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