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第41話 ジロウ

「あなたたちは逸材です。それも大変素晴らしい逸材です。教養とマナーを身につけ、人の気持ちを汲み取り、読み取ることを教えてくれたことは、時間とお金がかかっています。あなたたちを、こんなに素敵に磨いてくれた方達に、私はお礼を言いたいわ」 縁江は、はつらつとした声でフロアスタッフ全員を褒めている。フィエロのフロアでスタッフの研修が始まっていた。 リロンが面接に連れてきてくれた人は、続々と縁江に認められ合格し、採用となった。リロンのおかげで、沢山のフロアスタッフを無事雇うことが出来た。 リロンの知り合いは全員リストランテで働くのは初めてであり、ウエイターという職業も初めてのようである。 だけど皆リロン同様、体に染みついているようなものがあり、縁江の指導通りに動き、また思った以上の返しがあるため、予定より早くスタッフ研修は終了しそうだ。 リロンは持田と一緒にフロアの隅でパソコンを立ち上げて、打ち合わせをしている。持田には『リロンを持田の後継者として育てたい』と言われていた。 だから、毎日フロアの隅で人員や配置を、実践交えて持田にリロンは教えられているようである。 フロアの研修が続いている方にまた目を移して、ジロウは眺めていた。縁江がフロアサービスの動きを教えている。 「お客様のわがままに応えるのがサービス、ホスピタリティではありません。だけど、お客様が望むこと、それはあなたたちの経験、体験から察知することができるはずです」 縁江のはっきりとした指導内容を、頬杖をついて聞いていたら、縁江と目が合ってしまった。 「そこにいるジロウさんは、オーナーでもあり、フィエロのメインシェフです。ジロウさん?あなたが思うホスピタリティをひとつ、あげてもらえますか?」 急に矛先が向かい、ギクっとした。 「いっ!えーっ…と、お客様に何かをしてあげるということではなく…なんだろ…シェフとしては、お客様が初めて出会う味でも満足させることが出来て、お客様とキッチンの両方がハッピーになれるような関係性を作ることがホスピタリティ?です?」 縁江にニッコリと笑われた。 「そうですね。食事は不思議です。食材の好き嫌いはみんなありますけど、お客様を満足させ感動させることがレストランでは出来るんです。それには、ジロウさんが仰る、お客様との信頼関係を作ることがホスピタリティの大きなポイントです。私は、信頼関係を作るきっかけを、いち早く察知できるのは、あなたたちだと思っています」 「縁江さん!俺、間違ってなかった?当たってる?」 「ウフフ…ジロウさん、当たってますよ。だけど、最後の語尾が上がる疑問符のような答え方は、いただけませんね」 フロアから『あはは』と笑い声が上がった。リロンと持田も、フロアの隅からこっちを見て笑っている。雰囲気が柔らかく変わったところで、スタッフの休憩に入るようだ。 …縁江に叱られなくてよかった。だけど、早くキッチンに行ってメニューを仕上げて来い!と言われたような気がしたので、ジロウはそのままキッチンに向かった。 キッチンに入り、武蔵を見つける。 「どうだ?予定通り?」と、声をかけた。 「週末のレセプションのメニューはバッチリ!ソムリエとの打ち合わせも出来てます。それでその後オープンする時は、とりあえず今回のメニューをベースにして、季節ごとにまた変えればいいかと…で、いいですよね?」 「そうだな!キッチンは問題ないよな。下のデリで販売してる惣菜も毎日完売してるっていうし。週末のレセプションまで、明日明後日とみんなを休ませるよ」 週末にレセプションを行う。フィエロがオープンするので、関係者を招待してお披露目会となる。関係者への連絡は持田とリロンが行っていた。 キッチンで武蔵と話をしていると、持田とリロンが入ってきた。 「レセプションと本番までの最終打ち合わせをお願いします」 リロンが、ジロウと武蔵に向かいお願いをする。今日は全体で最後の大きな打ち合わせをすると言っていたのを思い出す。 「うわぁ…リロン、別人みたい。カッコいいぞ!出来る男って感じ」 武蔵がまた親指を立ててウインクしている。変わらない男もカッコいいぞと、ジロウは武蔵に伝えてやった。 フロアの端で打ち合わせをする。 支配人である持田とリロン、シェフのジロウと武蔵、ソムリエの今井を呼ぶ。 「まず…週末、金曜日のレセプションです。招待客のリストはこちらです。メニューはジロウさんからもらったもの…こちらです」 リロンが取り仕切る感じとなる。配布されたリスト表とメニュー表をみんな手に取りジッと見ている。 リストの中には、下野やクミコの名前があった。 「レセプションでは、実際のオープンと同じ動きとなります。お客様のリストから料理の提供と、ワインメニューの最終打ち合わせをお願いします。フロアの方は、レセプション・フロント業務は私が、クロークとフロアサービススタッフは縁江と、今、研修している者で行います。リロンは私とフロアの間に入ってもらい、全体をカバーしてもらう予定です」 持田がにこやかに皆に伝えるが、リロンの方を見ると少し緊張しているようであった。 「それと、オープン後も全体を把握しておきたいので、レセプションからオープン後1カ月の皆さんのシフト管理もいたしました。今のところ、問題はないようですが、オープン後は色々と忙しくなるので、予想外のことも出てくるでしょう。なので、少し臨機応変にご対応いただくことが出てきそうです」 続けて緊張しているであろうリロンが、全員に向かい伝えていた。 「ありがとう、持田さん、リロン。キッチンもフロアも準備完了ってとこだな。オープンまでは問題ないでしょう。後は、俺が宣伝計画を立ててるから、それをやって経営の方も日々確認していくよ。と、いってもさ、今回は俺のワンマンでフィエロを回していくつもりはなくて、頼れるところは頼れる人に任せるつもりなので、どうぞ皆さんよろしくお願いします。なので、持田さんとリロンが事前計画した通り、このやり方でやっていきましょう」 何か問題が出てきたら立て直しをする。さっきの縁江の話じゃないが、従業員との間にある信頼関係も店を長く続けていくことで必要だとわかっている。 同じビルのフィエロ以外の店もオープンに向けて動いている。中華やフレンチなど、大体の店も週末にオープンすることになるようだ。 そんな他の店の様子を感じながら、リロンと二人で家に帰る。明日、明後日は従業員全員休みとなり、その後はいよいよレセプションをしオープンとなる。 帰り道で、さっきレセプションの招待リストに、下野とクミコの名前があったことをリロンに聞いてみた。 「うん。下野さんとクミコさんは来るよ。クミコさんは、その後すぐニューヨークに戻るって言ってた。もうそろそろ、ニューヨークの店の方が忙しくなるみたい」 ジロウがニューヨーク行きを断ってから、相当クミコは大変だっただろうと、想像する。 「クミコ大変だったろうな…」 「あははは、もう大丈夫だよ。ニューヨーク到着したら、準備万端になってるはずだから。しかし、クミコさんは本当にタフだよね。自分のお店のことも、ジロウさんのことも考えて、毎日忙しそう」 「いつまでも俺が子供だって?そう言ってんだろ?知ってるよ」 クミコから見たら、いつまでもかわいい弟は子供のままなんだろう。ふん、とジロウはため息をつく。 「違うよ、もう子供だなんて思ってないよ。フィエロをもう一度やり直すのは、尊敬するって言ってる。いつの間にか、自分の何歩も先を走っているって、いつもジロウさんのことそう言ってたよ。だから、負けられないわ!ってさ」 「へぇ……」 少しは成長してクミコを安心させられているのだろうか。リロンからの話は、くすぐったいがちょっと嬉しい気もする。

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