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第50話 番外編 ノエ

最近、フィエロのオーナーであるジロウが『バーシャミ』というバルを作った。 フィエロキッチン隊の皆さんが、シェフとして日替わりでそのバーシャミでも働き、世間では今最も話題となっている店だ。 今日のバーシャミは武蔵シェフの日。 武蔵と一緒にフロアを担当するのはノエ。 武蔵シェフの日は、毎回ノエがウエイターとしてバーシャミに入るので、慣れてきている。 「ノエ、おつかれさん。お腹すいたろ?今日も大盛況だったし、ノエのオーダーで店の中が盛り上がるもんな!最近、ノエもリロンに似てきたな」 またリロンの話をする… 武蔵はムカつく程リロンの話ばかりだ。 この男は無神経だから、ノエの気持ちなんかお構い無しだ。 「似てないですよ、リロンさんには…リロンさんは優しいじゃないですか。接客のやり方だって違うし」 そう、リロンは優しい。自分みたいにツーンとすることもないと、ノエは思う。 「ん?そういうことじゃない。オーダーの取り方だってば。ノエのオーダーで料理を作るのは、俺は楽しい!お前のオーダーはわかりやすいって感じる。それに、ノエの接客も好きだぞ?親切丁寧、安心安全じゃないかっ!」 嘘ばっかり。最初の頃、武蔵はハラハラして、フロアで接客するノエの行動をキッチンから覗いて見ていたのを知っている。最近は…そんなことまぁ、なくなってきてるけど。 「オーダーは…あれは武蔵さんがそうしろって言うから…メニューがあるんだから普通にその中から注文してもらえばいいのにって、俺は思いますけどね」 またツーンとした態度を取り、武蔵に物申す。わかってはいるが、武蔵に対しては、天邪鬼な態度になってしまう。 自分の気持ちに素直にはなれず、ノエの内心では『またやってしまった…』と反省している。 「あはは、そうだな、俺がお願いしてたんだっけ。だけどさぁ、なんて言うか…似てるけどノエとリロンとは違うからさ、俺はノエの方がやりやすいんだよなぁ。リロンのオーダーはジロウさん向きなんだよ」 武蔵が言うには、ジロウとリロンは二人共感覚派のようで、雰囲気を伝えて創造力に変えるようなやり方らしい。二人の間にしか伝わらないこともあるようだし、いずれにしろエネルギー溢れるやり方のようだ。 武蔵はというと、ジロウと違いコツコツ努力型である。ノエからのオーダーに、武蔵は手を動かしながらも、考えている姿が見られていた。 その真剣な表情で考えている武蔵の姿は、ノエが最も好きなところだった。 「俺のオーダー、間違ってないですか?」 その辺、ノエは心配していた。 武蔵からは、お客様に『お願い!何か見繕って』と言われた時は、ノエの感じたことを伝えるようにと言われている。それに合わせて、武蔵が料理を考えて作っていた。 ここバーシャミではそのようなオーダーがお客様から本当に多く入る。 だから今日も『仕事でミスった!』とか『今度プロポーズするんだ!』というお客様から、何か見繕って出して欲しいとお願いされていた。 すがってくるとは、ちょっと違うかもしれないけど、お客様は誰かに後押しされたい気持ちはあるんだろうと思う。だから、そんなオーダーが増えたりする。それ以外には、ノリもあるんだと思うけど。 「間違ってないよ!最高じゃん!今日のオーダーで『仕事でミスった』って人には、食欲が無いかもしれないから、お子様ランチみたいなのにして欲しいってノエが言ってたじゃん。俺さ、すげぇ!って思ったよ。落ち込んでる大人に、お子様ランチは効果的だろ。実際、お客さんもさ、めっちゃ喜んでただろ?」 「ああ…まぁ…確かにそうですけど」 そのテーブルでは会社の人たちで来ていたようで、みんなが何となく落ち込んでいた。社内チームで仕事をミスったようだった。 ノエが即席で旗も作り、チキンライスの上に立てたお子様ランチ風の料理を出した時、全員がそれを見てゲラゲラと笑い出した。そこからそのテーブルは、一気に楽しそうな雰囲気に変わっていた。 『お子様ランチなんて大人になってから食べれるとは思わなかった』『気が抜けた〜』などの声も上がったが『ありがとう!』と、口々にそのお客様たちからノエは言われていた。 「俺はノエのオーダーの取り方は好きだ。お前に言われるとイメージしやすいし、俺にぴったり合ってると思う」 「…ふーん」 こんな時、どんな顔をしていいかわからないから、またツーンとした顔と、そっけない返事をしてしまう。 武蔵から褒められると、照れ臭くてたまんない。武蔵を想う気持ちを知られたくないため、誤魔化すことが前に出てしまう。 「だからさ、俺がここに入る時はいつもノエをウエイターにって、リロンにお願いしてるんだ。ほら、リロンがさ、シフト作ってるだろ?だから、ちょーっとお願いしてノエと一緒にしてもらってんだ。あはは」 「うそっ!そうなの?俺なんてやりづらいじゃん!」 初めて知った。武蔵からのオファーで、バーシャミのウエイターの仕事が決まっていたなんて。しかも、武蔵シェフの日に。 リロンからもそんなこと聞いたことない。ノエは嬉しく感じ、気持ちが踊り出すのを抑えのに必死だった。 「そうか?俺は、やりやすいけどな」 賄いを作っている武蔵がチラッと顔を上げて笑いながらノエを見る。武蔵はたまに、こんな感じに大人の余裕を見せる時がある。ムカつく。 「よし!出来たぞ!明日は休みだからいっぱい食べろよ。今日は一段とお客さんが多かったからな」 「すごい!うわっぁ!お子様ランチ!」 武蔵は、あのお子様ランチを賄いでノエに作ってくれた。 武蔵の料理は繊細だ。フィエロでも、たまに武蔵が賄いを作ってくれるけど、それもいつもそう感じている。その日の天気や気温なども考えているんだと思う。 「今日はちょっとお前も落ち込んでたんじゃないか?それにノエはチーズ料理とかより、シンプルな方が好きだもんな。だからさ、ほら、これとかお前好みだろ?」 と、武蔵は言いながらお子様ランチの中を指差す。ノエの好みを把握してくれている。 しかし、落ち込んでる理由は、武蔵がリロンとノエを比べることだっつうの!と心の中でノエは愚痴っていた。 そんな理由は武蔵にわからないにしろ、何となく落ち込んでるノエに、あのお子様ランチを出すなんて!胸がキュンとすることを武蔵はしてくれる。 「はぁ…ほんっとムカつく。武蔵さんはさ、無神経なのにそういう発言するんだよね。だから武蔵さんのこと、どんどん好きになっていくんだよ。でもムカつく!」 心の声を口に出してしまう。 止められない。 「へっ?好き?ムカつく?何?」 二人でお子様ランチを食べている。 その途中でノエが言い出したことに、武蔵は驚いている。 「そう!ムカつくの。料理は繊細で美味しい、最高だと思う。武蔵さんの料理は大好き。だけどその無神経な態度!ムカつくけど、そういうところも好きだって言ってんの。わかる?」 更に、心の声は止まらない。 ノエはずっと武蔵に惹かれている。好きだという感情が溢れてしまうので、無駄にツーンとした態度をとってしまう。 「ノエ?好き?俺のことだよな…好きって人類として?それとも男として?」 「何、人類って…バカじゃないの?男として好きだって言ってんの。リロンさんがジロウさんを好きっていうのと同じ。俺は武蔵さんが好き。わかった?」 「ええーーっ!マジでーーっ!」 本当にムカつく。食べる手を止めて、武蔵は大袈裟に驚いている。 しかし、無神経だから今まで気がつくわけもない。それに、ノエの態度が天邪鬼過ぎて伝わることもなかっただろう。 「愛の戦士が聞いて呆れる…愛の戦士なんでしょ?ダサっ…何、その態度」 「えっ、えっ、じゃあさ、付き合いたいとかの好きってこと?」 ほら、また無神経なことを言う。自分は好きでもないのに、よく言うよ!と思う。よくそんなこと聞けるもんだ、呆れる。 「付き合いたくはないですっ!付き合いません!でも、好きですけどね」 「はあっ?何だよそれ!好きなら付き合いたいって思うだろ?好きなのに付き合いたくないってどういうことだよ。そんなの、好きって言わないぜ?」 「いいえ!好きです。武蔵さんのことが好きでいつも目で追ってしまいます。でも、こんな無神経な人とは、付き合えません!」 お互い、お子様ランチのエビフライを手にしたまま言い合いが始まってしまった。 「…おいおい。俺は愛の戦士なんだぜ?愛の言葉を惜しみなく伝えて、めっちゃくちゃに甘やかす愛の戦士なんだよ。無神経なわけないだろ!」 「そんなの知りませんって。無神経だと感じてるからそう言ってるんです」 言い合いが始まり、話は平行線となる。 しかし、何がきっかけでこんなに言い合いになったのか、もうよくわからなかった。 「よーし!わかった…わかったぞノエ。お前をめちゃくちゃに甘やかすから覚悟しろ!そして俺が無神経じゃないと感じたら、意地を張らずにすぐ教えろ。いいな」 「えっ?はっ?何…」 だいぶ明後日の方向に話がぶっ飛んでしまった。更によくわからなくなる。 「お前、明日から覚悟しろよ?」 「ええ…っと。はい?」 「とりあえず明日休みだろ?昼に集合な。俺の家で何か作ってやるよ。それで、お前のそのひん曲がった気持ちの攻略法を教えてくれ!俺は、今日は寝ないで考えるから」 この人…本当に無神経。 だけど、この人のことが本当に好きだ。 とりあえず「はい」と返事をした。何かが新しく始まりそうである。 怖いような、楽しみのような… だから、こちらは明日のことを考えずに早く寝ようと思う。 end

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