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第51話 番外編 縁江
今日はフィエロもバーシャミの仕事も無く、一日休みである。ジロウはリロンと二人でゆっくりしよっかなぁと思っていたが、数日前に予定が入った。
「ジロウさん、手土産のケーキ買ってくるね。和菓子より洋菓子が好きなんだよ。車で駅前まで来て!そこで待ってて」
「へーい…」
ウキウキとしてリロンは一歩早く家を出て行った。ジロウは車を動かし、リロンに指示された通り、駅前に駐車し待つことにした。
今日は持田の家に招待されている。いや、持田はフィエロに出勤中なので、縁江 に招待されていると言うべきか。
ランチを縁江の所で一緒に食べようと、リロンから提案があった。縁江の所には、普段ジロウは誘われなく、リロンひとりで行っている。
今日に限って誘われたのは、縁江のキッチンで、リロン手作りのランチを食べるということらしい。だから朝からリロンはウキウキとして張り切っていた。
だけど、多分…それだけではない。
ジロウはよくわかっている。
ジロウは呼ばれている。
リロンの母親代わりの縁江に。
「カーーーッ、緊張するぜっ!」
車の中でリロンを待っている間、大声でジロウは叫んだ。今しか叫ぶチャンスは無い。リロンにそんなこと言えないし。
「お待たせ〜。あったよ、生クリームのやつ。これ好きなんだよなぁ」
「うおっ!おおぅ…」
ヤバい…聞こえてなかったろうな。
ジロウが叫んだばかりの車内にリロンがスルリと入ってきてドアをバタンと閉めた。ジロウは冷や汗が出る思いをした。
車で数十分。そこにはすぐに到着する。
到着してしまう。
到着してしまった…
持田、縁江の家は一軒家だ。日当たりが良く明るい印象だった。気持ちよさそうな空気が流れていて、こりゃあ、リロンが眠くなるっていうのもわかるなぁと、ジロウは眺めていた。
「お邪魔します」と言い、玄関から入る。
リロンは慣れているようで、人の家なのにスリッパをジロウに出してくれた。
リビングの奥にキッチンがある。縁江は既にキッチンで何か作っているようだった。
「縁江さん、来たよ〜。ジロウさんは、そこのソファに座っててね」
パタパタとキッチンの縁江にリロンが話しかけながら、小走りで行く後姿をジロウは眺めていた。
ものすごく慣れている。
実家感丸出しである。
「ジロウさん、いらっしゃいませ。わざわざお休みの日に来てくれて、ありがとうございます」
縁江に丁寧に挨拶をされ、ジロウは座りかけたソファから、思わずザッと立ち上がり直立不動、深く90度にお辞儀をした。
「こちらこそ!お招きいただきありがとうございます!」
硬い挨拶になったようで、ジロウの姿を見てリロンが爆笑している。
「ケーキ買ってきたよ。生クリームのやつあった!今日は売り切れてなかったけど、これ人気なんだよね。冷蔵庫入れとくね」
「リロン、いいわよ座ってて。こっちはやっておくから。ほら、何か飲み物出しておいて。車?アルコールはダメか…」
リロンと縁江の会話を盗み聞きする。店にいる二人ではない、砕けた感じで会話を続けていた。特に縁江はいつもの厳しい口調はなく、ごく自然であった。
「ジロウさん、何する?あっ、アイスコーヒーあるよ?…つうかさ、ここの電球切れてない?この前交換しなかったの?」
冷蔵庫を開けながら、リロンはキッチンの端の電球を気にして、天井を見上げて指をさしている。
「あっ、そこ?そこさ、天井だから微妙に届かないのよ。椅子に乗っても届かないから業者に頼もうかと思って。でも、不自由してないからまだいいかなぁ」
縁江が案外呑気に答えている。きっちりとした性格なので、この辺は気になるかと思えば、電球ひとつ切れたくらいでは、気にならないらしい。
「この前、言ってくれればよかったのに…電球どこ?俺が替えるよ」
そこの棚!と、縁江が料理をしながらリロンに電球の場所を教えていた。
キッチン横のダイニングの椅子を引き、リロンが電球を替えようとするので、ジロウは声をかけた。
「リロン、俺がやるよ。電球かして」
ぱっと見、リロンが椅子に乗っても届かなそうである。ジロウであれば届くだろうという高さだ。
リロンに電球を手渡されて、クルクルと替えていく。新しい電球にしたらパッと明るくついてくれた。
「わあ!ジロウさん、ありがとう」
「ジロウさん、すいません」
二人からお礼を言われてしまう。
「いえいえ、他にも何かあればやりますよ?」
ポイントを稼ぐチャンスだ。そう思いジロウはニッコリ笑って伝える。
「後は大丈夫だよ!そこでちょっと待っててね。ご飯すぐ作るから!」
おおいっ…リロンにまた実家感を出されてしまった。仕方ない、大人しく二人を眺めていようとジロウはソファに座り二人の会話を聞いていた。
キッチンでは縁江指導の元、リロンがフライパンを手にする姿もあった。出来上がった料理は和食。きんぴらごぼうに煮物、稲荷寿司に玉子焼き。ちょっと照れくさそうなリロンと、それを微笑ましく見る縁江に囲まれてランチとなった。
「リロン、美味い!凄いな。いつの間にこんな上手に作れるようになったんだ?稲荷寿司、最高…これめちゃくちゃ美味しい」
ジロウが食べ始めたのを見て、リロンは縁江と顔を見合わせホッとしていた。
「今日のはね、玉子焼きときんぴらごぼうは俺が作った。稲荷寿司は縁江さんだよ」
「リロンも稲荷寿司作れるんですよ。今日は時間がなかったから私が作っておいたけど…家でまだ作ってないの?」
「うん、稲荷寿司は難しいから…まだ」
テーブルを挟んで、二人がジロウを交えて会話を始める。
そっか…稲荷寿司は縁江作か。真っ先に褒めてしまったのは、リロン作ではなかったか。えーっと…挽回しなくては。
「リロンは最近、家で料理してくれますよ?玉子焼きも作ってくれたし、ポテトの煮物?あれ美味しかったぞ」
「肉じゃがね!この前、ビールと一緒に食べてくれたんだよ」
ジロウが挽回するように伝えると、その答えをリロンが嬉しそうに縁江に説明している。よ、よかった…
ほら、大丈夫です!お母さん、俺は息子さんを大切にしていますから!と、ジロウは言葉に出さず、必死に縁江に伝えている。雰囲気で。
縁江の方もニコニコと笑っているが、本当に大切にしてんだろうな!おいっ!大丈夫か?と、こちらも無言だが、そう言われているのが、ジロウにはヒシヒシと伝わってきていた。雰囲気で。
それにジロウはあのことが気になっていた。以前、縁江にキスマークを指摘されたとリロンは言っていたことだ。
だから昨日の夜、キスをする時は気を付けていたし、今日、ここに来るまではリロンの虫刺されまで気をつけていたんだ!万が一間違えられたらたまったもんじゃない!
「あっ、飲み物取ってくるね!」と、突然リロンが言い席を立った時「痛たたた…」と腰をさすっていた。
「だ、だ、大丈夫かっ!」とジロウは椅子からガタッと立ち上がり、リロンに手を差し伸べるが、リロンはキョトンとした顔をしている。
「えっ?ジロウさん、何?」
「い、いやぁ…痛いって言うから」
無理をさせたのがバレてしまう!とジロウは言葉を飲み込んだ。
マズイ…キスマークどころではない…腰が痛いなんて、セックスで無理をさせてしまっていたのかっ!昨日のセックスかっ?そうなんだなっ?
「筋肉痛だよ。ちょっとワークアウトしてみたから。体力つけないとって思ってさ」
「へっ?そ、そう?…はっ?いつ?」
ワークアウトしてるなんて聞いたことない。いつやっているのかと聞くと、3階のパウダールームでやってると、笑いながら教えてくれた。紛らわしい…
でも、よかった…無理させたんじゃなかったと、ホッとして視線を動かすと、縁江とバッチリ目が合った。
きっと、ジロウの一連の行動から全てお見通しなんだろう。縁江は、渋い顔をしているが頷いてくれている。
「縁江さん!大丈夫です!どうぞよろしくお願いします!」
突然、お願いしますと言い、また90度にお辞儀をしたジロウをリロンは「はあ?」と言い、よくわかんないと言いたそうな顔をしているが、縁江には、伝わったようで「こちらこそどうぞよろしくお願いします」と丁寧にお辞儀を返してくれた。
くぅーーーっ…よし!よかった!
間違ってなかったようだぜ…初めて家に行き、面通しされたが、縁江に嫌われず成功したようだと、ジロウは心の中でガッツポーズをした。
いつか俺もこの家で昼寝が出来るくらいになりたいと、ジロウは楽しそうなリロンを見ながら考えていた。
end
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