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第4話
奥多摩の山林で全裸男性の死体発見 殺人の可能性濃厚か?
十月十七日未明、奥多摩の山林で全裸男性の他殺体が発見された。遺体の身元は都内在住のフリーター、間宮春人さん(十八)。
間宮さんは先月三日夜に行き付けのバーを訪れて以降消息を絶っていた。
解剖の結果、春人さんの遺体には生前と死後の二度に亘り性的暴行を加えられた形跡があった事が判明。
警察は人間関係のトラブルが原因と見て、間宮さんの身辺を調べている。
―――――――
この世界には人間に擬態した怪物が存在する。
たとえばバンダースナッチ。
たとえばフェアリーフェラー。
――――――――
放課後のスタバにて。
テーブル席で喋っていた女子高生グループが、スマホの新着通知にはしゃぐ。
「お、バンダースナッチのライブ」
「マジ?」
夜のオフィスにて。
栄養ドリンクの空き瓶が積まれた机で残業していた社畜が、パソコンにかぶり付く。
「待ってました!」
電車の吊り革を掴んだ大学生が、繁華街を歩くカップルが、自転車に跨る予備校生が、コンビニのバックルームで休憩中のバイトが、台所で皿を洗っていた主婦が、暗い部屋でポテチ袋を開けたひきこもりが、同時刻に別々の場所で反応を示す。
同接のカウンターが回る、回る、回る。
『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』『待ってました!』眼鏡を押し上げる『今回はどんなクズが吊るし上げられるか楽しみ~』新色のネイルを吹いて乾かす『期待上げ』『素顔気になる』『お面とって』『やらせ乙』『目立ちてえだけだろ』『捏造乙』割り箸に絡めた麺をずるずる啜る『火のない所を焼野原にする天才』ガスの元栓を開いてコンロに点火『例の汚職議員は捕まったじゃん、秘書に首吊らせた人』クッションを抱っこする『超大物司会者のパワハラ暴いたんだろ?』『燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず』蛇口を締めて皿の水を切る『子連れでバス乗車拒否された』『ランキングの不正暴いて』『俳優○○の自殺は政府の陰謀』ポテチをバリバリ噛み砕く『サクラ多すぎ』『DM読んでくれました?』『いじめっ子の☓☓に復讐してください』『住所書くなバカ』『スルー推奨』
新聞や雑誌の活字を切り貼りしたような……あたかも脅迫状めいた、統一性のないフォントのタイトルがカットイン。
――――――――バンダースナッチ――――――――
『じらすな』『早く早く』『期待上げ』『今度は何だろ?』『ファンです、握手してください』『死ね偽善者』『アンチ乙』『消えろ』『ヒーローはヒーローでもアンチヒーローでしょ』
右枠に殺到するコメントが伝える凄まじい熱量。比例して爆発的に跳ね上がる期待値。
画面に映し出されたのは殺風景な部屋。どこかのマンションの一室だろうか。
「You see, a minute goes by so fearfully quick. You might as well try to stop a Bandersnatch!」
ボイスチェンジャーを介しなお完璧な英語の発音が、今宵の祭りの開幕を告げる。
「『一分は恐ろしく素早く過ぎる。一匹のバンダースナッチを押しとどめる方がまだ楽だ』。ルイス・キャロル著『鏡の国のアリス』で、白のキングが放った言葉だ」
画面右端からフレームインしたのは、カートゥーンタッチに|戯画化《デフォルメ》されたうさぎのきぐるみの頭部を被った男。
カウンターが回る。たった一分で千人増えた。うさぎ男は画面中央に立ち、片手を挙げて振ってみせる。
「ごきげんようみんな、また会えて嬉しいよ。はじめましての人ははじめまして。今回『バンダースナッチ』が取り上げるのは」
軽快に指を弾き映像を流す。
『テッシーだ』『朝ドラヒロインの父親役?』『好感度ランキングトップ10の常連』『おっさんじゃん』『この人何したの』
スマホでパソコンでタブレットで、仕事中に勉強中に食事中にデート中にトイレ中に家事の最中に生配信を見ていた視聴者が一斉に発言しだす。
「勅使河原聖、本名勅使河原誠四十歳。ドラマや映画、バラエティーで活躍する国民的人気俳優。誠実そうなルックスと物腰柔らかく謙虚な言動が親しまれ、子供からお年寄りまで幅広く支持されてる」
一呼吸おき、爆弾を投下する。
「……そんなてっしーの裏の顔を知りたくない?」
『超知りたい』『教えてー』『パパ活してるとか?』『不倫じゃねーの』『マネージャーにパワハラとか』
虚実入り乱れた憶測が飛び交い熱狂が高まっていく。うさぎ男は視聴者の予想が出揃うまで待機する。
凄まじい速さで流れゆくコメントを傍観し、時に相槌を打ち、おどけたパフォーマンスで茶化す。『#バンダースナッチ』がTwitterでトレンド入りし、SNSに拡散されていく。
無表情な笑顔を貼り付けたうさぎの被り物が、年齢性別不詳の濁声を発する。
「これを見てほしい」
隠し撮りした映像が流れる。夜、歓楽街のラブホに入っていく年の差カップル。
片方は黒い目線が入った中学生位の少女。その肩を抱くサングラスにマスクの男は―
「勅使河原聖は児童買春の常習犯。隣の子は十四歳、義務教育中の中学生だ」
『えー!』『幻滅』『ロリコン死ね』『ただのパパ活でしょ』『本当に十四?証拠は?』『学生証アップ希望』『恋愛は自由』『買春は犯罪』『←売春もね』『女にだまされたんだろ』『てっしーは被害者、悪くない』『ただのクソビッチか』『メスガキわからせ?』
チャットの流れが加速する。うさぎ男は両手の五指の先端を合わせ、三角を作る。
「確かに恋愛は自由だ。日本における性行為の合意年齢はちょっと前まで十三だった。でも……相手が十三歳以下でも、同じことが言えるかな」
切り札を切る。
机から抱え上げたノートパソコンのキーを叩き、厳重なプロトコルを破り、ハッキングした情報を呼び出す。
「勅使河原聖のパスポートの渡航記録。大体半年に一度の頻度で東南アジアに旅行してる。タイ・フィリピン・カンボジア……目的は?観光?違うね。ボランティア?本人はそう思ってるかも」
さらに隠し撮りした動画を投下する。ラブホテルの駐車場で、勅使河原が嫌がる中学生にキスを迫っていた。
「向こうの貧しい少女を買いあさってるんだ」
『小児性愛者かよ』『最悪』『ガチじゃん』『きも』『てっしーのファンやめます』
うさぎ男が肩を竦める。
「勅使河のお気に入りは夜の街を徘徊している片親家庭の少女、金銭的援助を申し出る代わりに体を要求する。片や発展途上国に通い、まだ初潮も来てない子たちをもてあそんだ。なんで逮捕されない?問題はそこ。勅使河原聖は今を遡ること五年前に警視庁のプロモーション番組に出演している、その際知り合った高官と随分仲良しみたいなんだ。一緒に旅行しちゃうくらいにね」
後はわかるだろうとほのめかし、愛嬌たっぷりに両手を振ってみせる。
「以上が『バンダースナッチ』が掴んだ勅使河原聖の|真実《リアル》だ。信じる信じないはご自由に。またね」
配信終了と同時にビデオカメラを止め、蒸れた被り物を脱ぐ。
「ふー」
被り物の下から露出したのは中性的に整った素顔。猫っ毛の茶髪が揺れ、綺麗な二重の双眸が瞬き、細い鼻梁が外気にさらされる。
SNSのトレンドを埋め尽くすバンダースナッチの正体は、年の頃二十代前半の美しい青年だった。
「遅刻ギリギリだな」
これだけ炎上させれば警察も無視できまい。青年―|富樫薫《とがしかおる》は世間の反応に満足し、素早く身支度にとりかかる。
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