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第5話
―池袋 クラブ『サウダージ』―
紫とオレンジのネオンが妖しく錯綜し、踊りにきた男女でごった返すフロアが熱狂に包まれる。ステージ上では天球に見立てた銀色のミラーボールが回り、極彩色の光を放射線状にまき散らす。
コネとカネがない一般客が出入りできるのはここまで。奥はVIP専用ルームとなっており、会員証を持ったごく一部の人間しか通れない。
防音仕様の扉の向こうには臙脂色のソファーを配置した空間があり、向かい合わせに座る男二人が派手な女を侍らしていた。
テーブルの上には所狭しと酒や肴が並び、灰皿にうずたかく積もった吸殻が煙を燻す。
一方は遊び慣れた風情の茶髪の青年、一方はアッシュブロンドに染めた髪を刈りこんだ半グレのリーダー。両者とも女に夢中で、グラスや皿を片す従業員には目もくれない。二人の中間にはビニール袋に小分けした、カラフルな錠剤が置かれている。
黄色い嬌声を上げる上げる女とじゃれあいながら、アッシュブロンドの若者が口を開く。
「例の件はこっちで片付けときましたよ、悠馬さん」
「悪いね。びびってた?」
「彼氏や家族の話チラ付かせたらいちころでしたよ」
「はは、ざまあ。警察行くとか馬鹿な事言い出すからだよ」
「なー?」と肩を抱いて同意を求める青年に対し、「ねー」と笑い転げる女。
アッシュブロンドが露骨に気分を害し、しなだれかかる女を押しのけて苦言を呈す。
「最近派手にやりすぎじゃないっスか。後始末すんのは俺たちなんですから、ちょっとは反省してくださいよ」
「ごめんごめん。けどさ、お前たちだって俺のおこぼれでさんざんおいしい思いしてんだろ」
「親父さんに愛想尽かされても知りませんよ」
「大丈夫だって。俺ってほら、一人っ子だからさ?大学の単位はちゃんとキープしてっし、表じゃボロ出さねえように振る舞ってるよ。人生息抜きは必要だろ」
「裏口入学でしょどうせ」
コイツが偏差値七十の名門大の学生だというのだから、世も末だと鼻白む。
中村悠馬は半グレ組織『ケルベロス』の得意客だ。父親は与党の有力議員で、悠馬はその一人息子である。
物心付いた頃から裕福な両親に甘やかされて育った悠馬は、大学生になってもまだ悪い遊びをやめられずにいる。現在悠馬が所属しているのは遊ぶことしか考えてないパリピが集まるヤリサーで、女子学生への強引な勧誘が問題視されていた。
「あン」
悠馬が酒を含み、女に口移しで飲ます。細い喉が艶めかしく蠢き、肌がみるみる紅潮していく。女が酒を嚥下するのを確認後離れた悠馬は、唇と唇を繋ぐ唾液の糸を拭い、性懲りなく笑っていた。
「上がるクスリだって言えば簡単に信じんだから、女って馬鹿だね」
「今回のヤツはだまされたとか絶対訴えるとか騒いでたっスよ」
「あー、アレは手こずったな。用心深いのかなんなのか、いくら勧めても乗って来ねえからいい加減じれて、トイレに立った隙に細かく砕いてすり潰したのカクテルにまぜたんだよ。したら案の定」
当時の興奮を反芻し、ビニール袋から出した錠剤を摘まんでひねくり回す。
悠馬の手のひらに乗っているのはハートや星を模したドラッグで、パッと見ラムネそっくりだった。子供が間違えて食べてもおかしくない。
「こーゆーのどこで仕入れてくんの?」
「製造工場見学にきます?」
「行く行く」
「冗談っスよ」
半グレがソファーの背凭れに背中を沈め、ピンクや水色の錠剤を詰めたビニール袋を掲げる。
「ベトナムから輸入してるんです。向こうじゃキャンディタイプの新型ドラッグとか言われて、小学生にまで出回ってるらしいっすよ。実際チョコレートやイチゴ、桃の香りがするんです」
悠馬が指の匂いを嗅ぐ。
「ホントだ、フルーティーな香り」
「色もパステルカラーで可愛いし、軽く摘まめっから女受け抜群。よく考えますよね、大量生産だから仕入れも安くすんでツイてました」
「ピンクファーの手錠と一緒、低能どもはファンシーな見た目にころっとだまされる。ったく救えねェな」
ケルベロスが主に取り扱ってるのは東南アジアで製造されたデートレイプドラッグ。主成分は睡眠導入剤のフルニトラゼパムであり、酒に混入した場合はコップ一杯で意識が飛ぶ。
「渋谷のハロウィンでばら撒かれたり、ここ何年かで結構メジャーになってきたっすね。受験勉強の眠気覚ましやダイエットサプリ代わりにガキがネットで買うんですよ、顧客リストの最年少は都内のミッションスクールに通ってるJCっす」
「いいねえ、マニアに高く売れそうだ。首までどっぷり漬けて礼拝堂で撮ろうぜ」
興味津々身を乗り出す悠馬の提案を「そのうちに」と受け流し、テーブルを拭いていた従業員をどやす。
「もたもたやってんじゃねえよグズ。ピンドン追加な」
「すいません」
頭を下げて詫びる様子に舌打ち、忌々しげに観察する。見ない顔……新入りだろうか。真ん中分けにした黒髪が揺れ、銀縁眼鏡の奥の双眸が気弱そうに俯く。
グラスの中身を干した悠馬が、調子っぱずれの声でがなりたてる。
「ドラッグと 気付く頃には ドハマりだ」
「五七五っすね」
「下の句は手遅れとどっちにするか迷って韻踏んでみた」
「一応聞いときますけど、アンタは手ェ出してないっすよね?跡取りヤク中にしたら親父さんにぶっ殺される」
「ドラッグは盛るもの、食うもんじゃねえ」
さも心外そうに肩を竦める。
悠馬はドラッグを用いたデートレイプの常習犯だ。大学の内外に及ぶ被害者の中には、学校を辞めた子や自殺してしまった子もいる。
彼が仲間と共に輪姦した女性たちが泣き寝入りを余儀なくされる背景には、悠馬の父親の脅しとケルベロスの暗躍があった。
現役議員の父親が被害者とその家族に多額の口止め料……もとい示談金を払ってきた故、悠馬には奇跡的に前科が付いてない。
半グレたちとの付き合いはかれこれ五年続いている。
初めてケルベロスに接触したのは高校生の時。女に言うことを聞かせるためにドラッグを求めたのは否定しないが、それ以上に退屈な日々をぶち壊す刺激が欲しかったのだ。
以来定期的にドラッグを購入し、時にはこうして取引を兼ね、接待の場をもうけてやってる。
ケルベロスは暴力装置として有効だ、たまに酒をおごり飼いならすメリットは十分にある。身の程知らずな女がとち狂い、警察に駆け込もうとした時は家に差し向ければいい。
とはいえ、ケルベロスをけしかけるケースは少ない。そんな面倒くさいことをしなくても、弱みを掴まれた被害者たちはまず逆らえない。
すっかり酔っ払った悠馬がスマホを両手に持ち、下卑た笑みを浮かべ腰を浮かす。
「新作見る?いい出来だぜ」
液晶をタッチ、動画を再生。ソファーに寝そべる半裸の女と、彼女に群がる男たちが写し出される。撮影場所はここだ。
「よく撮れてますね」
「デートレイパーシリーズ第……何弾だっけ?八弾?忘れちまった」
「意識ねェのが惜しいっスね」
「睡姦マニアは悦ぶ。それにほら、眠っててもちゃんと感じてんだろ」
悠馬が得意げに動画を見せびらかす。強姦される少女の顔が苦しげに歪み、透明な涙が頬を伝っていく。
半グレが生唾を飲んで見入り、女たちが耐えきれず顔を背ける。スマホを傾けた悠馬が嗜虐的な笑顔で呟く。
「そーいや凄ェの手に入れたんだ」
「何スか」
「スナッフフィルム。本物の」
「海外の?」
「いや、日本人の。俺と同じ位の男が変態に嬲り殺しにされてんの、そっちのケはないけどエグいしグロいしぶっちゃけ滾った」
次の瞬間、思いがけない事故が起こる。
「!?ッ、てめえ何すんだ!」
「すいません、手が滑って……」
今の今まで存在をド忘れしていた従業員が、こともあろうにドンペリの瓶を倒し、悠馬のスマホを酒浸しにしたのだ。
「ぼけっとしてんな、とっとと布巾よこせ!」
怒号をはなってテーブルを蹴飛ばした拍子に何かが落ち、一同の視線が床に集まる。黒く細長い機械部品が落ちていた。盗聴器。
「これは」
言葉を失い固まる人々の視線が、糊の利いたワイシャツに黒いベストを合わせた従業員に立ち返る。
「やべ」
年の頃は三十代前半。真ん中から分けた黒髪の下、銀縁眼鏡の奥の三白眼が驚きと焦りに見開かれる。
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