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第1話

「柾――」 「う……」  布団が急に重くなって、身動きが取れなくなる。  早朝、目を開ければ、そこにはいつも藍がのしかかって顔を覗いてくる。  時計を見れば、決まって目覚まし時計が鳴る5分前。 「藍……」  薄目を開ければ、いつも額にキスをされて、優しい手つきで髪を梳かれる。  ……猫かよ。 「柾、お早う」  満面の笑みがそこにあって、寝ぼけ眼でぼんやりと見上げていれば、再び藍の顔が近づいてくる。このまま寝ていれば間違いなく顔のどこかで藍を迎えることになるため、いたし方なく藍を躱してベッドから起きるのだ。  ……毎朝、こんなんだ。  ベッドの縁に座って見上げてくる藍に目をくれず、柾は洗面台へと向かう。  いつから自分は、西洋風の、しかも甘ったるいモーニングコールでのお目覚めが日課になったのだろう。しかもあれは親が子供にやるやつだ。  一週間、かれこれこんな感じだ。  藍と生活し始めてもう一週間が経っていた。  いつもは洗顔とともに髭を剃って、簡単なものを食べて出勤するのが毎日のルーティーンだった。  しかしこの一週間は毎朝、リビングと繋がったアイランドキッチンのカウンターにサンドイッチが置かれている。  キッチンを横目に通り過ぎれば、 「今日はトマトとベーコンでBLTを作ったんだ」  と一仕事を終えたという爽やかな笑顔を送ってくる。 「藍……自分の仕事はいいのか?」  ここに藍が住み始めてから、仕事に行くのを見たことがない。自分が先に出勤しているせいかとも思うが、帰れば藍は既にいて、在宅時間もサンドイッチを作ったり、部屋の掃除をしたりと、仕事とは別に忙しく立ち回っている。  柾の質問に、藍は、ああと気のない返事をして視線を泳がせた。 「まあー……いいんじゃないかな」 「いいんじゃないかなって……」  いいのか、それで。しかもその受け答え、本当に働いているのかすら怪しい。  藍が海外渡航するまでの短い期間ではあったが、藍は昔から内気なところのある子供だった。  もしや海外で生活することになったのはいいが、まったく向こうの生活に馴染めないまま、仕事にも就けなかったのではと考えたが、それを藍に尋ねる勇気は出なかった。  無言で家を出て、最寄り駅に向かう道すがら考える。  もしプータローだったらどうする?   あっちでは働けなくて、逃げ帰るように日本に来て、それでも働く気が起きず、俺の部屋に宿っているのだとしたら――?  職安にでも連れていくか……。  顔もいいし、しっかりとした身体もあるのだ。選ばなければ何か1つぐらい仕事を見つけられるだろ……。  いつの間にか大きなトラブルが転がり込んだことに、柾は溜息を吐いていた。

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