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『男の名は、立仲(たなか) 昭三(しょうぞう)。五十二歳。気まぐれに訪れたシーズンオフの登山中だった』 「なんで」 『立仲 昭三は、ちょうど飛び降りる寸前だったオマエに飛びついた』 「…………」 『本来なら、立仲の運命はオマエの落下を止められずに通報する運びとなっていた。しかしオマエが無意識に立仲の腕を掴んで離さずにいたため、バランスを崩した立仲は、死の運命を共にしてしまったのだ』  一斉の動揺など気にもとめず『運命とは人が思うよりあっけなく変わるものなのだよ』と呆れる声。  一斉には飛びつかれた記憶すらなかった。それほどに自我が死と向き合っていて、生の刺激を受け取っていなかったのだろう。  故に立仲は死んだ。  悪気があるかどうかや事件か事故か、たまたまや偶然。不運。そんなことは関係ない。自分はこれと言ってたいそうな理由もなく死ぬことにした粗末な命だ。  なのに、助けようと必死に駆けてくれた人を死の淵へ引き込んでしまった。 「…………俺が、殺したのか」 『有り体に言えばな』  残酷な真実を肯定され、一斉は黙り込んだままただ佇むことしかできなかった。  愚か者でも命の喪失くらいは理解できる。自分のせいで死んでしまった立仲を思うと、とてつもなく息苦しい。胸が重い。  鼓動しない死体の心臓が冷たい手に握りつぶされていると、錯覚した。  錯覚して、心の声が吐息のように微かな音で空気を揺らす。 「……タナカに……つぐないてぇよ……」  一斉の心に、声はふふふと笑った。  自分で巻き込んだくせにと笑っているのだろうか。  だが、笑われたって構わない。  アウトローな世界を生きる血と泥に塗れた半グレの野良犬でも、殺人という一線は超えずにきたのだ。奪ってはいけないものだと本能的に理解している。  一斉はほとんど変わらない表情のまま、姿を知らない立仲という男の影をフワフワと思い浮かべた。  するとその周囲にはモヤモヤと幼稚園児のラクガキのような拙い画風で、一軒家や女性、子どもなんかが見える気がする。  奪ってしまったなら、償わなければ。 「でも、俺はバカだから、やり方がわかんねぇ……どうすりゃ、いい? 教えてくれ」 『佐転 一斉は、やはり善の魂だな』 「は……?」  一斉はキョトンと目を丸くした。  てんで答えになっていない。不思議がる一斉を気にもせず、声は浮かれ調子で笑みの理由を説明し始める。 『佐転 一斉。オマエは悲惨な人生を生きながらも悪意を抱かなかった善の魂。本来なら天国行きになるはずの、立仲 昭三と同じ善の魂なのだ。しかしオマエは自殺に巻き込んで、天国行きの善人を無意識に殺してしまったな? 状況と結果のみだろうとも、立仲 昭三は死んでしまった。これは少し、よろしくない』 「あぁ、よろしくねぇな」 『とはいえ、少しだ。フフ……そこで、オマエを救済するシステムを使う』  システム。言われたこともだが、言葉の意味がわからなかった。  表情の変わらない一斉の無知すらわかっているとばかりに『説明してやろう』と声が言うと、フォン、と電子音が鳴り、目の前に半透明の資料が表示される。 『オマエは聡いくせにバカだからな。わからないところがあれば挙手するように』 「きょしゅは、わかんねぇ」 『手を上げるように』 「あぁ」

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