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07(side???)

『──……佐転 一斉は、実に愛い魂だな』  声は、しばらくなにも言わずに魂へと溶けていく一人の人間を眺めてから、蛍火のような魂を指先に乗せて愛おしんだ。  声は、一斉の人生を知っている。  暴力的な父親に支配されていたせいで、感情が表情に反映されなくなった。暴虐のきっかけがわからないからだ。  慣れない相手とは自発的に会話しない。無口なのではなく、口をきいて不快に思わせないかどうかわからないからだ。  母親に連れられ父親から逃げ出したあとも水商売をする母親とその客をそばで見ていた一斉は、女性に性的欲求を抱かなくなってしまった。  母親が、一斉の眠る部屋で自害してしまったのだ。  女性を抱けばいずれそうなってしまうと、一斉は自覚のないまま思い込んでいる。  それでも、他人の熱を求めた。  恐ろしい父親に嫌われ続けていた反動か、温かい優しさを持った大人の男のそばを恋しがるようになった。  しかしその性質は……危うい。  案の定母親の客だった裏稼業の男に拾われて惚れ、はした金で使える体のいい飼い犬として利用されるレールを走る。  ほんの少し優しくされるだけで、危険な仕事をなんでも熟した。  そうして疑うことなく嘘っぱちの言葉を信じて、気まぐれに抱かれる。  相手が目を閉じていることも、無茶な内容の行為を提案されることも、声を出さないよう命じられることも、他人を交えてからかわれることも、一斉はなんの疑問も(いだ)かない。  それが当たり前だからだ。  それが普通だからだ。  ……いいや、本当は、疑問どころか答えまで、アレは知っていたのだろう。 『知った上で、当たり前、か……』  情報以上に実際に話して感じた佐転 一斉をなぞり、声は一斉の愚かな可能性を考え、少し呆れた。  アレはなかなか賢い。  知識はないが、察しがいい。  おそらく父親との暮らしや誰かに従う日々で、他人の感情の変化に聡くなった。原因やそれの意味する理由がわからないから的外れになるだけだ。  違和感、変化、本質には気づく。  理由がわからないせいでより鋭敏に。  だからこそ、愛情ではなくとも、必要とされると恋しがる。  わかっていても夢を現実だと信じ込んで、主のために身を削る。  最期にはそれが嘘だったと知ってしまって──怒り方も縋り方も忘れた犬が、一人で人生を終わらせた。  誰も恨まず、ただ自分の価値ごと見切りをつけて、終わらせた。  孤独の中で、終わらせた。 『それが他人の介入によって、終わらなかったのだから……不思議なものだ。ワタシはいわゆる運命神の崇高な思考など到底理解できないが、運命というものはうまくできていると思う』  聞こえていないだろう一斉の魂をなで、声は感慨深く息を吐く。  まるで変わらないものとして作ればいいのに、きっかけさえあれば変わってしまうものとして定めた運命神。  声は、一斉が比べ物にならないほど悲惨な人生を歩む多くの命を知っている。  もちろん比べるべくもないと理解しているので、そうはしない。  ただ善悪の判断をする際、時折死者と触れ合うたび、声は悲惨の大小に関わらず〝死者たちに幸あれ〟と祈るのだ。  この指先に乗る程度の魂に奇妙なかわいげを感じる。  柔らかくなでてから、フワリと目的の世界へ飛ばす。  ああしかし大丈夫だろうか。  ああも防衛本能が欠如していてはコロリと死にそうだ。見てくれに対して、アレはただの五歳児である。 『しょうがあるまい。これも運命。個人的な加護を与えてやろう』  神の中でもそれほど強い存在ではない声は、自分程度の力なら許される範疇だろうと、喉奥を鳴らす。 『ワタシの加護があれば、善し悪しはあれど、多くのたまたま(・・・・)と出会うだろう。困ったことがあれば、神殿でワタシの名を呼んで祈るといい』  親心のような情を抱いた声は、しばし一斉の魂の耳を開く。  それから加護を込めたささやきを、一斉の魂にフワリと聞かせた。 『ワタシの名は──……グウゼン、だよ』  序生 了

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