8 / 70

第一生 子猫とジャガーとドリンク無双

 召喚(サモン)という儀式がある。  それは別の世界から術者の能力に見合った力を持つ存在を呼び出し、契約によって使役する儀式だ。 『オマエは召喚獣として自然に世界に紛れ込める。それに契約してもらえれば飼い主ができるだろう? 頼れる主がいれば試練もこなしやすい。頑張れ、佐転 一斉』  ──頑張るぜ、グウゼン。  魂状態の一斉の返事に、遠くでゴキゲンな笑い声が聞こえたような気がした。  ──トン、と足が地につくと同時に波打つようなザワめきと多くの人の声が耳に入り、一斉は目を開く。  人々は「成功だ」と口々に告げ、歓喜の叫びを上げていた。  今は夜のようだ。  視線を巡らせると、洞窟を切り抜いたような広い岩場には月明かりが差し込んでいる。  月明かりに照らされた目の前には、奇妙な黒ローブの集団。  どうやら無事、召喚という窓口から目的の世界へ到着したらしい。 「人型の召喚獣は高位の証……見ろ、あのいで立ちと顔つきを。見るからに邪悪なる召喚獣じゃないか」 「フフ……邪悪なる召喚獣か……これで我ら〝崇高なる神の使徒〟の戦力もより強固になるだろう」 「違いない。やはり我らの神より与えられし強力な召喚獣のみを呼び出す召喚術は、戦力増強に有効である」  邪悪なる召喚獣。  目つきは悪いが邪悪じゃない。  自分は邪悪じゃない召喚獣だ。悪人顔は生まれつきである。  聞き馴染みのない言葉でも、グウゼンの加護のおかげで意味がわかった。  言葉がわかることに感激しつつわかった言葉は否定しておく。  彼らの会話は聞いたこともない言語だがどれも簡単に理解できるのだ。グウゼンの能力は素晴らしい。  裸だった体にも、今はベージュのチノパンに丈が長めな麻生地のカットソーを身につけていた。目立たず落ち着いた普通の服装だ。最早グウゼンが素晴らしい。信仰神はグウゼンで決まりである。  ただここには黒ローブしかいないので、ややいたたまれないが。ドレスコード違反な気がする。  一斉がおいおい黒ローブを購入すべきか検討していると、黒ローブ集団の一人がバッ! と両腕を広げた。 「では、我が求めに応じし邪悪なる召喚獣よ! 我と契約したくば、お主の力を示すがいい!」  ──契約……あぁ、契約しねぇと。  そういえばと目的を思い出す。  確か召喚獣として飼い主を見つけなければならないと、グウゼンが言っていたはずだ。野良召喚獣は生きづらい。  できることは少ないが、ここはなんぞ役に立つとアピールしてこの中の誰かを主にするべきだろう。今更選り好みするでなし。 「……[ドリンクバー]……」 「「「どりんくばー?」」」  一斉は少し考えて、グウゼンに与えられた能力を口にした。  黒ローブ集団は揃ってキョトンと首を傾げる。ちょっとかわいい。全員自分より小さいのでムニオンズ的なかわいさがある。 「邪悪なる召喚獣よ。そのどりんくばーとは、どのような能力なのだ? 特殊な|呪文《スペル》か?」  初めに話しかけてきた黒ローブにコク、と頷く一斉。 「飲みもんが、作れるぜ」 「…………」 「冷てぇのと、あったけぇのと」 「…………」 「あとは、あー……入れもんも。金、要らねぇ……自販機? みてぇな」  一斉は割と真面目に伝えている。  気分は面接だ。おちまくった記憶しかないが。とりあえず一心には訴えた。  けれど、反応がない。 「…………」 「…………コーヒーも、作れるぜ」  ダメ押しで立仲イチオシのコーヒーを勧めてみた。  が、やはり反応がない。  どういうことかと眉間にシワを寄せると、ややあって、黒ローブはすぐそばにいた部下の黒ローブたちを数人呼び寄せる。 「──この役立たずを、森に捨ててこい」  おい、グウゼン。助けてくれ。  なにもしていないのに捨てられそうだ。コトバが通じていないのか?  脳内でグウゼンにメーデーメーデーと救援信号を送るが、もちろんそうサクサク神の手が差し伸べられるわけもなく。  あれよあれよと手足をロープで縛られ──洞窟から離れた森の奥へえっさほいさと担ぎ出される一斉であった。

ともだちにシェアしよう!