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小一時間後。
「グウゼン。俺ぁ、野良召喚獣から、捨て召喚獣に、なっちまったぜ」
来たれ! と呼び出されたはずなのに半日も経たずポイ捨てされた一斉は、地球と違って薄ら青い月明かりに照らされながら、パチクリと瞬きをした。
曰く、召喚獣を元いた場所へ戻すのも手間がかかるらしい。
雑に捨てられてしまったようだ。
グウゼンがああもお膳立てをしてくれたのにまさか契約自体をしてもらえないとは。流石異世界。やはり罪をみそぐからにはしっかりハードモードである。
とはいえ少し困った。
飼い主がいないまま、知らない世界で一斉は一人ぼっち。男一匹野良暮らしだ。せめて人里に捨てられたかった。
ホウホウギャアギャアとあちこちから聞こえる不穏な夜の鳴き声と鬱蒼と生い茂る森が絶望感を煽る。
一斉はホラーもグロも全然平気だ。
ただここまで運んできた黒ローブたちによると、この森は獰猛な獣や大蛇だけじゃなくダンジョンから抜け出したモンスターまでいるらしい。これは全然平気じゃない。
一斉は確かに、恵まれた体格と幼少期に培われた攻撃への反応速度により殴る蹴るの喧嘩が強い。
しかし現実的にモンスターと生身で戦ったことはないのである。あってもギリ小さめのイノシシだ。
明日の朝にはどいつかの腹の中だろう、と笑って去っていった黒ローブ。
かなり危機的な状況である。
洞窟からもそれなりに運ばれたので、手足のロープが外せたとしても土地勘もないのに夜闇の中を戻ることはできない。街の方向すら知らない。
遠回しに死ねと言われている。
アジトらしい洞窟で殺すより自然に死んでくれたほうがいいのだろう。
いや別に死ぬのは構わないのだが、死ぬわけにはいかない理由が今はある。
死んでから死ぬわけにはいかなくなるとは、運命とは不思議なものだ。
「……喫茶店、作るわ」
しっかり生きねぇと。
一斉はまず動きを制限するロープを切るため、近くの岩へ縛られた両手首をゴリゴリと擦りつけた。
ロープと共に皮膚が一緒くたに削れて、擦過傷が幾重も生まれる。
この程度の痛みなら屁でもない。
ただ、ロープを削る一斉の頭の中には、黒ローブたちが消える前に言い残した言葉がグルグルと回っていた。
(役立たず。俺は、役立たずか)
死んでくれたほうが都合がいい。
役立たずだから、いないほうがいい。
まともに学校に行けなかったバカな一斉は、そういう言葉と下心だけは、人一倍よく知っている。
実の父親からからかうようにかけられるそんなセリフや扱いが、日常的なものだったからだ。
『ほーらいいかーよく聞けー? 飯食って空気吸って場所取って目障りで耳障りで俺に迷惑かけて生きてるお荷物のクソガキ。グズの一斉。それがお前。はー……こんな図体デカイだけのバカじゃ俺の跡目にしても金稼ぎそうにねぇし上の器でもねぇし……やっぱミラクル期待してガキ作るなんざコスパ悪ぃな。わかるか? コスト。テメェ一人養うためのコスト。お前が使えねぇばっかりにそれが全部無駄になンだよ、この役立たず』
これが笑顔でかける言葉。
グウゼンの言葉を借りるなら、父親はおそらくどうしようもないほど悪の魂だったのだろう。
冷たい人だった。しかし強い人だった。自分の信念というものを一切変えない。頭も良かった。夢を叶える悪人だった。
一斉と母親は、弱かった。
自分の信念もない。他人がいなければうまく生きていけない人種だ。愚かだろう。人任せにして生きたくせに使い捨てられると寂しがるなんて。
「……いてぇ……」
ポツリ。ささめく。
ゴリッ、ゴリッ、とロープごと擦りつけた手首から血が滲むが、痛くはなかった。
黒ローブが言っていた猛獣やモンスターの餌食になる前に、この森をぬけて人のいる場所を目指さなければならない。
生きよう。
立仲の望みを叶えるため。グウゼンの優しさに報いるため。生きよう。
──けど……いてぇ、な……あったかくて、デカくて、強くて、優しいなにかと……。
「一緒に、いてぇ な……」
ブチ、と手首のロープが切れた。
バカなことを望むのは終わりだ。誰もいないと口数が多くなっていけない。次は足のロープを解こう。
そうして地べたに座り込んだ一斉が、血のにじむ手でロープに触れた時。
「──なんだ、人間族 か」
「っ……」
自分が背にしていた岩の上から突然知らない声が聞こえて、一斉は腕だけで素早く身を翻した。
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