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ひとしきり舐め終えたあと。
ジェゾは一斉の足のロープを切り、手首の傷には乳白色のスライムのようなものを巻き付けて治療してくれた。
これはなにかと尋ねると、スラパッドという傷を保護しながら少しずつ治癒させるものだと言われた。
無知な子猫を見つめる目で説明されたので、これも常識的な道具だったらしい。もう慣れた。ジェゾに迷惑をかけなければ無知は仕方ない。おいおい勉強することにしよう。
ジェゾの右腕に抱えられたまま密かに決意する。
なんやかんや役得だ。治療されて、理想のケモノとくっついていられる。
できればずっとこうしていたいが、ロープを解かれ傷の治療が終わったからにはそろそろ放逐されるのだろう。
それを思うと残念な気分だ。
せっかく優しい獣に出会えたのだが。
名残惜しんだところでペナルティを熟すという目的がある一斉には、個人的なワガママを優先するわけにいかない。
「いいか、イッサイ」
「ああ」
「お主のようなネーロ……子猫がこの森で一晩を明かすことはできぬ。というより近頃不穏な気配が漂うご時世、一匹では生きても行けぬだろう」
「ジェゾ……俺はやっぱり、子猫……か?」
「人間族 だと思うと疲れる。子猫 と思うほうが自然なくらいに、お主は無知で危なっかしい」
グルル、と喉を鳴らして言い聞かせられ、やや腑に落ちないものの納得する。
喧嘩ならお手の物だ。殴られても怯むことは滅多にない。
そういう荒事担当のそれなりにガタイがいい強面として生きてきたが、片腕であっさり抱えられているのでなにも言えまい。ヒョイだぞ? ヒョイ。
「心配するな」
「っ……と」
大人しい一斉が落ち込んでいると勘違いしたらしいジェゾは、一斉の体を幼児のようにグッと抱き寄せた。
突然抱きしめられた一斉は驚いてバランスを崩しかけ、思わずジェゾの首に腕を回してしまう。
目と鼻の先のジャガーの頭。
「己 は置いて行かぬよ」
「は……」
──……あったけえ。
柔らかな体温に、力が抜けた。
体は筋肉質で硬いが、毛皮は分厚く鋭いながらもなめらかだ。
首のあたりは毛がたっぷりとしていて、触れるととてもあたたかい。
「己 と共に、王都へゆくぞ」
「い……一緒に……?」
ぱっと顔を上げた。
まさか自分の祈りが叶うなんて。
それもこちらから望んだわけではないのに、ジェゾから求めてくれたのだ。
信じがたくて確認すると、ジェゾは簡単に肯定した。もう一度確認するが、やはり肯定される。みたび尋ねると、くどいと鼻先を噛まれた。痛い。現実だ。
「イッサイは目を離すと死にそうだ。己 には番も子もおらぬが、お主は面倒を見てやらねばという気になる」
「なんで、俺なんか」
「フフ……さてね」
ジェゾはそう言って低く笑い、今度は鼻先を舐めた。
くすぐったいが嫌じゃない。
「他人から触れられたのは久しぶりだったからかもしれぬし、知りたいと求められたのが初めてだったからかもしれぬ」
「それは、たまたまだろ。俺は、思ったまま」
「そうだな。では単純明快に」
ポンポンと頭をなでられ、肩口に顔を埋めるように抱きすくめられる。
「ただお主に興味が湧いて、もう少し手元に置いておきたくなったのだ」
「…………」
一斉でもわかる簡単な言葉だ。
けれどそれを聞くと、なぜだか鼻の奥がツンと尖り、目頭が熱を持つ。
役立たずは要らない。
死んだほうがいい。
どうでもいい。
一緒になんて、誰もいてくれない。
そんな常識を獣が覆し、〝もう少し〟と抱き寄せて頭を撫でる。こんな大きな男を、このジャガーは当然に甘やかす。
──もう少し。
なんて優しい、言葉だろう。
「……俺も……」
「ん?」
太い首に回した腕の力を強くし、一斉はたっぷりとした毛皮に頬を寄せた。
「俺も、もう少し……アンタといてぇよ……」
一斉がそう言うと、ジェゾは「決まりだな」と喉を鳴らした。
──月の蒼い夜のこと。
魑魅魍魎の蔓延る森の中で、白く巨躯の獣と黒く強かな人間が出会い〝もう少し〟と、寄り添うことにした。
この偶然の出会いがなにを齎すのか、一斉にはわからない。
しかし、蒼月の夜の冷えた空気を孕む柔らかな毛皮からは、優しい体温と、太陽の淡い香りがしたのだ。
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