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「恐怖されることを喜ぶ其奴(そやつ)らは、支配したがっているだけのことよ」 「支配したがっている」 「そうだ。そして(おれ)は特に、そういう趣味がないだけのこと」  一斉は離れていく頭をなでていた手を、名残惜しく見つめる。  ジェゾはお得を感じない。  誰かを支配する気もなければ怖がられたところで得がないなら、興味のないことにいちいち反応する意味などない。 「それに……畏怖は、それに見合う振る舞いを求められる。注目されればされるだけ、畏怖たりえる存在であれと願われる。恐れられることと持て囃されることは、同じだ」 「同じ……?」 「同義よ。ごく稀にだが、己は己が恐れられているのか、愛されているのか、わからぬ時がある。興味津々と監視され、されど近づく者のない日々を」  再び前を向いて歩き始めたジェゾは、振り向くことなく、薄いため息を吐いた。 「常に気を張り、ろくに茶も楽しめぬ生活が……喜ばしいとは思えぬな」 「……っ……」  ため息に混ぜた呟きを残して、平然と王の元を目指して進む白いジャガー。  ──同じ、だ。  自分でも不思議なほど確信する。  質問に答えただけに過ぎない言葉なのに、一斉にはなぜか、別の言葉に聞こえた。  思い出すのは、生前の生活。  役立たずの自分が生きるためには、役に立つ存在でなければならない。  泣き喚くことも面倒なことを言って煩わしがらせることもご法度だ。  命じられたことは忠実にこなす。小難しいことがわからないバカのほうが、周りの人間には都合がよかった。  生きるか死ぬか。  それは自分にとって、目の前の相手に必要とされるかどうかだった。  でなければ悪意のない分別によって排除され、生きていても、死んでいく。  自分も、ジェゾも。  必要とされているかだという基準は一斉のものでジェゾの基準は別にあるだろう。  けれど一斉には、ジェゾが同じ息苦しさの中にいるような気がしたのだ。  誰かがそう求めて。  なら、それでいいと応じて。  だけどたまに、息継ぎがしたくて。  彼は生まれつき人よりいくらかだけ強く、温かかったから、与え続けて縮んでしまった、小さな小さな優しい人。 「っ……?」  心臓のあたりに言いようのない窮屈さを感じて耐えきれず、一斉はジェゾの腕へ、コツンと肩を当てた。  驚いたジェゾが立ち止まる。  それでも離れない。見上げもしない。  安らぎのない日々を瑣末なことだと言ったジェゾを思うと、一斉は喉の奥がムズムズと痒がり、指先が縮こまる。  言葉にするのが困難だ。  この柔靱な愛しい白毛に寄り添ったほうが、きっと如実に伝わるだろう。 「行こうぜ」 「……ん。そうだな」  視線をやらずに前だけを見つめて促すと、ジェゾは嫌がることも取り立てることもなく、視線を前に戻して足を踏み出す。  並んで歩いた廊下は、寄り添う前より歩きやすいような気がした。

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