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 ここは人間族の国である。  貴族らしい装いの人々は、もちろん多くが普通の人間族だ。  しかし、城には人間族以外の容貌をしている生き物もいくらか彷徨いていた。  例えば、手のひらサイズで人型だが確かに虫である生き物。  服を着て小物も持っている。  なのにバッタやてんとう虫などに似た顔をしている、不思議な小人だ。  それから例えば、人間サイズで色とりどりなゲル状の軟体生物。犬や鳥のパーツを持つ者もいれば草木に似た人型もいる。他にもいろいろ、様々いる。  確かに巨躯のジャガー、もしくは白を持つ生き物というと他にいないが、ジェゾが異常だとは思えない。  なのに、それらの人間族ではない生き物ももれなくこぞってジェゾを避けては、ヒソヒソと怯えた様子で噂話をした。  それが一斉には、肌寒い。  生前自分が浴びていた嫌悪や恐れの視線と、近しい感覚だ。  ただ──……ジェゾへの視線は、もっとずっと濃密な壁だと感じる。  恐怖による拒絶。隔離。  防御という攻撃。威嚇。  ただ在るだけで恐れられ、恐れられているから攻撃される。  臆病者たちが数を得ると、視線と言葉、それから空気で攻撃される。  優しく聡明な者ほど、この攻撃は痛い。──ジェゾはとても、痛いはずだ。  しかしジェゾは壁がどうしたという威風堂々とした態度で、気にした様子もなく日常を連れて前へと歩いていく。 「……ジェゾ」 「ん?」  たまらず、声を潜めてジェゾの袖をクイ、と、一斉にしては強く引いた。 「どうした? イッサイ」  ピクリとも表情を変えなかったジェゾはすぐに振り向き、身をかがめた。  顔つきはあまり変わらないが、深く低く掠れた触りのいい声は一斉の話を聞こうと関心を向けて、柔らかく響く。  これのどこが怖いのやら。  この大きなジャガーは、一斉を傷つけたことなどないというのに。 「これ。用があって呼んだのではないのか? (おれ)子猫(ネーロ)よ。黙り込んで、なにをそんなに不貞腐れておるのだ」  ジェゾはなにも言わない一斉の顎を手ですくい、今にもザラついた舌で頬を舐めそうなほど顔を近づけて尋ねた。  途端、廊下の人々が息をのみ、冷や汗を流して黙り込む。  一斉には興味がない。  なにを驚いているかわからない。  必死に拒絶しておいてジェゾの挙動にいちいち反応するなんて、まるで恋でもしているかのようだ。夢見がちな生娘と同じ。  羨ましいのか? かわいい人々。  ほら、顎をすくって舐められたいなら、腹を見せてオネダリしてごらん。 「ジェゾ、怖がられてんだな」  一斉は目の前のジャガーだけを見つめて、なるべく小さな声をかける。  ジェゾは「なんだ。そんなことか」と言い、一斉の顎をこしょぐって手を離した。離さなくてもいいのだが。 「不利はない。瑣末なことにすぎぬ故、お主はなにも案ずるな」 「ん……」  やはりジェゾは、自分が怖がられていたことを知っていたらしい。  であれば、一段と不思議だった。  一斉の周りにいた裏道の男たちや任侠の男たちは、みんな怖がられることを自分のステータスだとしている節がある。  父親だってそうだろう。  恐怖の鞭と飴で一斉と母親を躾ていた。怖がられたほうが得だからだ。  つまり大人の男にとって、恐怖されることは喜ばしい。そう認識している。 「けど……ジェゾは、嬉しくねぇみてぇ」  ポツポツと説明すると、ジェゾはビー玉のような無垢な瞳で自分を見つめる一斉の頭を、ワシワシとなでた。

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