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それから数時間後。
一斉はジェゾに連れられ、皇帝の待つ無駄にデカイ城を訪れていた。
ジェゾが用意してくれた上等な仕立ての正装に身を包み、豪華絢爛かつ壮厳な巨城の中を歩いていく。
ミルクティー色のスーツに似たそれが、スリーピースひと揃え。
シンプルだが品がある。金のあしらわれた太い革ベルトとブラッチャーまで用意してくれた。
衣装と靴はこの世界の人間のものなので、一斉には少し小さい。
けれどニャオガ族であるジェゾがわざわざ用意してくれた人間族 用の服だ。嬉しくないわけがない。
同じくフォーマルな装いで悠々と歩くジェゾの隣で、一斉はたいそう機嫌がいい。
しかしその上機嫌に水を差す、城の中を行き交う人々の声があった。
「おい、見ろよ……〝白禍〟だ。相変わらず冷たい目だぜ。なんだか見ているだけで寒気がしそうだよ」
「皇帝陛下のお気に入り、か……あんなバケモノが自由に城を出入りできるなんて、こっちは気が休まらないな……」
「まぁ無理もない。並の兵士が止めたってかないっこない強者だろう? どうせ見間違えようのない姿なんだ。無為に関わるより放し飼いにしたほうがマシ……お前もあまり迂闊なことは言うなよ」
「わかっている。俺だってこの国唯一のソロ特権階級ハンターをうっかり怒らせて殺されたくはないさ」
遠くからこちらを見ながら貴族らしい出て立ちの人間たちが交わす会話。
明らかにジェゾを指している。
害意や悪意こそないが濃密な畏怖と忌避を感じて、あまり愉快ではない。
耳をすませてみると、他にもたくさんの者たちの会話が聞こえる。
「〝白獣〟が人間を連れているぞ」
「人間を? 馬鹿な。子ネズミ一匹寄せ付けなかった不吉の獣がまさか人間を連れ歩くなんて……何者だ」
「さぁ……愛想のない顔でいて体つきはいいが、特権階級ハンターに今更人間の仲間が必要とは思えん。肉の壁にでもする気か?」
「もしくは、そうだな……獣は巨躯だ。娼館の女じゃ相手にならんだろう?」
「フッ、なるほど。ダンジョン探索の慰み者にどこからか拾った奴隷を連れ歩いているということかね」
「クク、どうだか。だが白を嫌がられて番も満足に見つからん孤独なオスよ。選り好みできる立場ではなかろうて」
「どちらにせよ堕ちたものだ。メス猫に困ってヒューマの奴隷とは……」
「地位や権力を得たところで相手の一人もおらんではな。栄光の王城に、不吉の獣と哀れな男。くわばらくわばら……」
どうやら、目立っているのはジェゾだけではなかったらしい。
ジェゾが誰かを連れているのは珍しいようで、隣で歩く一斉の存在を邪推し、どういうわけかマイナスに進む。
盾にして使い捨てるためだとか、相手に困りやけになって選んだ慰み者だとか、まるで血も涙もない野獣の扱いだ。
ジェゾは一斉を助けただけなのに。
思わず拳に力が入った。
許されるなら、この拳を振るいたい。ジェゾの耳に届かないうちに。そう願う。
広い廊下の端に寄ってジェゾに道を譲っては、生ぬるく囁く人々。
──怖い。怖い。ああ怖い。
あの鋭い眼光を、牙を見ろ。
誰とも組まない孤高の獣。
血なまぐさい戦士の巨躯だ。
ほら、なんて恐ろしい姿だろう。
他の生き物など虫と同じ。
近寄らないようにせねば。怒らせないようにせねば。目を合わせてはいけない。声をかけてはいけない。
でなければ気ままに捻って、殺されるかもしれないじゃないか。
(──……拒絶、だ)
平然と歩き続けるジェゾを取り巻く感情の色を見さだめ、一斉は肌寒さを誤魔化すために腕を擦った。
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