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 ジェゾは「白い生き物は危険なのだ」と忠告してやったのだ。  それをどんなものやら知りたいだなんて、目の前にいるのに今更知ってどうする。逃げるのか? 当事者に教わって?  ましてや知りたい理由が、ジェゾのことを知りたいからだ、と。  この腕に触れた手を離さないまま。 〝白いジェゾが知りたいのではなく、ジェゾが白いから知りたい〟  純粋で無垢で、幼い感情。  そんな、ともすれば愚かしく呆れるほど頭の弱い生き物として失敗した一斉の生態が、なぜかあの夜はほぅ、と関心するほど興味深く感じたことがきっかけだった。  きっかけが育つと、ジェゾはもう一斉がかわいくてしかたがない。  そりゃあお世辞にも客観的に見てかわいいとは言えない男かもしれないが、ニャオガ族のジェゾには人間族(ヒューマ)の容姿の差など微かなものである。  一斉はジェゾのネーロ。  無知な子猫を叱り、舐め、甘噛みし、守ってやりながら(・・・・・・・・)育てる。……バカなままごとだ。  群れからあぶれて一人都市に暮らすせいで、郷愁に囚われたのか?  城の笑い話もあながち間違っていないと。番も家族もいないまま飢えた挙げ句、生き物ならなんでもよかろうと拾った子猫を無作為に飼い、慰めにでもするつもりで。  もしくは愛玩かもしれない。  小さな生き物が手にすり寄ったから、飼ってやりたくなったのだ。 「わからんでもないのじゃが……」  皇帝は一斉を浮かべ、顎をなでる。  片眉をあげる皇帝と視線を合わせると、皇帝はため息のような笑い方をした。 「イッサイは、人の心の変化に気づく。驚くほど些細なものでもの」 「…………」 「ただその変化の名前や理由を知らぬゆえにトンチンカンな答えを出し、愚かしい行動や言動をする。説明をしない無口な男じゃ。自分が間違っておると思い込むのじゃろう」  それは、ジェゾにも覚えがある。  一斉は無垢だ。だからこそ、時折物事の本質を無自覚にとらえる。  ジェゾに寄り添ったように。皇帝の真意を知らぬまま予想以上に応えたように。  全て無意識だろう。  なぜか一斉は、相手の一番都合がいいことを的確にこなす。 「目がいい」 「あぁ……」 「今は青いが、身内にするなら化けるのう。アヤツのような者は一度信じた者を決して裏切らぬ。己の目で見たものを信じ、これと決めた相手への不敬は皇帝相手でも窘める。守られる気はない。じゃがお主のためならば戦う……忠義の男じゃよ」  皇帝はニヤリと口角を上げた。  ジェゾもそれはよくわかっている。  ジェゾのために割り込んで挨拶をした。皇帝の息子について軽率な発言はしない。ジェゾの不吉に憤る。確かにそうだ。  だから皇帝は気に入った。  国の長という立場は、信頼できる臣下が何人でも欲しい。賢い者より価値がある。疑う必要のない仲間は。 「ドリンクバーという能力を除いても、イッサイはワシにとって価値がある」 「は」 「アレは上や個で使う者ではなく、無二の主の元でこそ力を発揮する者じゃ。無知じゃが愚かにあらず、口が固く正直で騒がぬ。ただし飼い主がキチンと躾をしなければ、あの柔らかさは何れ淘汰され自滅するじゃろう」 「己はイッサイを夜の森になど、死しても置き去りにしません」  あれは、自分の子猫だ。  誰かに悪用されようものなら、八つ裂いたって足りない。  百は刻んでくれる。  そう言うと、皇帝はそれはもう愉快げに声を潜めて笑った。完全に面白がられている。もう諦めた。反応したほうがタチが悪い。 「ま、泣く子も黙る〝白禍〟が我が子のようにかわいがっておることはわかった」 「陛下、笑っておるではありませんか」 「ほほっ、お主は子がおらぬからわからぬのかもしれぬがイッサイに過保護すぎる! 過保護もすぎるとちょーっと虐められただけで引きこもるスライムと化す」 「第一王子殿下のお話ですな」 「ほっほっほ! 近くドアを破壊する予定じゃ! あまり過保護にするとお主もイッサイの部屋のドアを破壊する羽目になるぞ?」 「……。……」  子育て初心者の過保護なジャガー・ジェゾはこの日少しばかり、自分の子猫が引きこもる想像をして悩むのであった。

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