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『下っ端とは言えうちのもんブタ箱にぶち込むとめんどくせぇからな。アイツは一応カタギの半グレだろ? 学もなきゃ親もダチもいねぇし、近所にゃあのナリでヤベェヤツだと思われてっから関わりゃしねぇよ』 『んまーアイツ顔怖いスもんねー。ガキとは思えねぇガタイしてっし。でも流石にムショ入れって言われたら嫌がりそうスけど』 『バーカ、一斉は俺に惚れてんだぜ? 好きだっつってしばらく優しくして〝お前にしか頼めねぇんだ。待ってるから、出所したら二人で暮らそうぜ〟とか言っときゃ喜んで捕まってくれんだよ』 『うっわ虎さんマジの鬼畜スねぇ! あんだけかわいがってたのにその笑顔どういう感情? こわ。一斉かわいそ〜』 『ハッ、俺が男にマジになるかっての。変わり種にもそろそろ飽きてきたとこだったからいんだよォ。本命の女にゃできねー変態プレイもヤリ尽くしたわァ』 『あーあ、もったいねー。せっかく虎さんがいつでもどこでも呼べばしゃぶるバカに仕込んでくれたのにー……』 『昔はもうちょい華奢だったんだよ。あんなデカくなるとか思わねぇじゃん。かーちゃんいた時? くらいのチビの頃はまぁかわいい顔してたけど今は暇つぶしにしかなんねーし』 『いやー俺らも面白半分ご都合半分で散々使い込んでたんでなんもッス。えーでもやっぱもったいねー』 『ま、今度はムショで使ってもらえんじゃね。アイツがバカなの、ちょっと喋らせりゃすぐわかっちまうし』 『う〜んそれもそっスね~』  ──おっしゃる、通り。  一斉はバカだ。  バカだからいつも一歩遅れて気づく。  うすうすわかっていただろう? と言われればそれまでの真実。  優しいキスは、バカには一生貰えないものだったのだ。  踵を反したその足で部屋を解約し、有り金全てを大家に託して持ち物の処分や手続きを任せた。  裏の人間と関わりのある一斉に部屋を貸していた大家だ。金を渡せば始末はどうとでもうまくつけてくれるだろう。  そして財布に入っていたはした金で山までタクシーを走らせ、人気のほとんどないぬかるんだ山道を疲れ果てるまで登った。  あとは──ドボンと。 「男だったから、ダメだったのかもしんねぇし……俺だったから、ダメだったのかもしんねぇし……あんま、よくわかんね……俺は、バカだからな……よくわかんねぇな……」  全てを語り終えると、一斉は黙り込んで俯き、視線をどこともなくうろつかせた。  欲と、感情は、矛先が違う。  一斉は男が好きで、女はダメだ。からっきしダメだ。女に恋はできるかもしれないが、抱けと言われるとどうしてもできない。それと同じだろう。  兄貴分にとって男の一斉は心の矛先ではなかった。  ただの人間、一斉として見てもらう方法は、バカなのでわからなかった。  ほら、ただそれだけ。  なんてことない話である。 「そうか……」  ジェゾは耳に取り乱すことも憐れむこともなく、夜闇のように落ち着いた声で理解を示し、一斉を見つめていた。  シン……としばし静まり返る。  説明が下手くそな一斉がトツトツと脈絡なく語る過去を、静かに相槌を打って深く聞いてくれていたジェゾ。  一斉は自分が別の世界で生まれたただの人間であることも、グウゼンのことも、立仲の償いのことも、何一つ話していない。  わけのわからない状態で失恋をして萎びた恋心の話をしたところで、ジェゾには理解し難いおとぎ話に過ぎないはずだった。  けれどジェゾは、聞かない。  ただ、そうかと頷いた。 「……このくらい、平気だ。刺青が消えねぇのは、仕方ねぇ……それだけ、な。まぁ、平気。俺は、バカだろ。すぐ忘れるぜ……」  無言が耐えられず、つい余計な言葉を付け足して誤魔化してしまう。  弱いことがバレるのは怖い。けれどジェゾから目をそらさずにいられるのは、ジェゾが温かく包み込む瞳で一斉を見つめるからだ。  ジェゾの目は不思議だ。  従順で聞き分けのいいバカな犬を、甘えた子猫に変えてしまう。

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