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 そうして大人しく抱かれる一斉の左腕を、ジェゾは不意にベロリと舐めた。 「っふ、な……?」 「問題ない。白スライムを口にしても害はないからな」  いや、そういうことじゃない。  なぜ舐めるのかという驚きだ。  混乱する一斉を尻目に、ジェゾはベロベロと左腕から全身を舐めつつ、真鍮のシャワーコックを手に取る。 「流すぞ」 「はっ? え、あ」 「舐めるぞ」 「ヒッ……!」  ザバッ! と水がかけられジェルを流されたかと思えば、綺麗になった肌をまたしてもベロベロと舐められた。  そしてわけもわからず小上がりに下ろされ、ジェゾ自身もワシワシと体を洗う。  ポカンとしているうちにカラスの行水を終えたジェゾが盛大な身震いで水気を飛ばし、しぶきを浴びてびしょ濡れの一斉はヒョイッ! と小脇に抱えられた。 「ジェ、ジェゾ、ぶ」 「拭くぞ。黙っておれ」 「く……ぅ……」  浴室から運び出され、質問する間もなくジェゾサイズの大判バスタオルで全身くまなく水気を拭われる。  一斉に拒否権などない。  ジェゾの言うがまま黙り、世話を焼かれて運ばれるしかない。  さっぱりと乾かされたあとは前掛け式の下着を装着され、バスローブのようなブカブカの寝巻きを着せられた。  置物のごとく従順な一斉はまたしてもせっせと運ばれ、ひとつの部屋の中に入ると、キングサイズよりもまだ大きい枠のついた隠れ家のようなベッドへドサッ、と降ろされた。 「う……っ」  降ろされた先で両腕を押さえつけて押し倒され、胸に伸びた鳳凰の頭をカリッ、と甘噛みされる。  ピク、と肌が粟立った。  覆い被さるジェゾの舌が、首筋を舐め、胸元、腹筋を経て、へそのくぼみや股間のそばまでもすみずみ舐めていく。 「ふっ……ジェゾ……?」 「お主の肌はコーヒーのように芳醇な香りがしていて、甘いのだな」 「は……ンな、とこ……擽って……ぅ……」  絶え間なく舌を這わされ、全身のあちこちをこそぐように舐め続けられると、否が応にもピクピクと悶えてしまう。  なぜ? どうしてこんなことを? なにか気に触ったのか? いいや、それならその鋭い爪で窘めればいい。ならなぜ。 「……はっ……」  なんだか、変だ。  戸惑い。なのに、吐息が甘い。  わけがわからないまま舌先で転がされて、体だけでなく胸の内側も酷くむずむずと疼いてやまない。  触られることには慣れていない。  男たちとのセックスで、優しく体に触れられることなんて滅多になかった。  触れられる時は、恋しいあの人の仲間や見ず知らずの男が、アソビを思いついて弄ぶ時くらいだ。  例えば、一斉の手足を縛りつけて、理性が溶けるクスリを注射した時。  自分が自分じゃなくなり錯乱しながらなにもかもを快楽に変換する体が面白いと、酒の肴にいくつもの手が撫で回した。  そうでない時は、優しくしてもらえない。恋しいあの人には……そうであっても、触れてもらえることなどほとんどなかった。  一斉はいつも犬と同じだ。  古く毛羽立った畳にうつ伏せで押し倒され、服も脱がされず尻だけを上げて、飼い主の欲を捩じ込まれる。  ギスギスと軋む畳。微かな喘ぎを殺し、自分を穿つ雄への奉仕のみを意識する。  薄いゴム越しに注がれる熱。  引き抜かれたそれからなにも言われずともゴムを外し、口を使って掃除をする。  普段は一斉を呼びつけるあの人がわざわざアパートを訪ねたならそういうことで、命じられずともシャワーを浴びて跪き、嘘を吐かない体の反応を喜んでは、愛だの恋だのでバグった頭で尽くす。  そういう役目だった。  それしか知らない。  惨めとは思わない。比較対象がないのだ。一斉の知っている快感は薬物で強制的にもたらされるもので、それ以外では、惚れた男に抱かれようとも感じないもの。 「まったく……よくもまあ傷跡ばかり、こさえたものだ」  なのに──ジェゾはそう言いながら薄い傷跡を舐め、なんの得もなく、自分を差し置いて一斉だけをかわいがった。  ふた周りも大きい巨体のジャガーが人間の男を、子猫のように毛繕いする。  体も心も、追いつかない。  ジェゾがしつこいほど首筋から胸、腹、股間のそばまで舌であやすにつれ、肌が粟立って腰の座りが悪くなる。 「……ジェ…ゾ……ジェゾ……」  たまらず口を開き、震えきった囁き声でジェゾを呼んだ。

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