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「舐めん、の……いつ……いつ、終わんだ……」 「嫌か?」 「違ぇ……でも、落ち着かねぇよ……俺……触られんのに弱ぇから……くっ……ぅ……」  ピチャ、ピチャ、と腹筋の凹凸を舐めながら、脇腹を甘噛みされ、一斉は背筋を弓なりにしならせて喘ぐ。  ジェゾを嫌がることなんてできない。  だけどこのままでは、バスローブの下でうっかり反応してしまう。  それがジェゾにバレてしまうのは嫌だ。経験から軽率に高ぶれば、淫乱な男だと揶揄されるだろう。嫌だ。だが、ジェゾを嫌がることなんてやはりできない。  だからそろそろ引いてくれ。  身じろぐうちに長いヒゲが下腹部を擽り、思わず体が捻れた。 「敏感だな……ただの毛繕いだろうに」 「ぅ…っふ……」  きわどい部分をなぞった舌がまた胸元を愛撫し、鎖骨を牙で嬲る。  そのまま呆れるように首筋をたどって輪郭を滑り、ようやく離れた。  ゴク、と溜まった唾液を飲み込む。  浅く乱れた呼吸を整え、痺れた脳を揺り起こす。 「は、っ……んで……舐めた、んだ……」  覆い被さられた影から白獣を見上げて熱に浮かされたまま、一斉は尋ねた。  一斉の機微の少ない野性的な顔が、とろりとほのかにふやけている。  いつも通りの無表情でいて、男の欲望が透けて見える飢えた表情だ。  なぜ。問われたジェゾは口元をベロリと舐め、鋭い目を細めた。 「イッサイ、お主はバカではない」 「っ……」  鮮麗な口調だった。  威厳のある低く渋い声でハッキリと言いきられ、一斉は目を見開く。 「バカではないから、傷つくのだ。バカではないから、痛むのだ。言われた言葉を理解してヒビ割れていこうが、誰を恨むでなくひねくれもせず、傷の連鎖を産まなかったお主は、とても聡い……愛し子よ」  ジェゾは強く、静かに、されど深くそう言って、目を見開いたまま硬直する一斉の唇にチュ、と口付けた。  ──……キ、ス? 「……っぁ、っ……」  全身がブワリと粟立つ。  何が起こったのか理解が遅れ、理解した今なお信じがたく、困惑する。  しかし確かに触れているのだ。人間とは違う、柔らかい産毛に覆われたこそばゆい肉食獣の唇が、乾ききってカサついたこの唇に。 「は、……ふっ……」 「バカというのは、お主がそうあれば都合がよかった馬鹿者どものバカげた呪いだ。……(ほど)いてしまえ」 「……っん」  ザラついた舌が乾いた一斉の唇を温めるように舐め、下唇に甘く噛みつき、舌先で擽って離れる。  初めて知った。  ヤスリのようなジェゾの舌の先はウロコがなく、滑らかで柔軟なことを。  そして、優しいキスの味も。 「イッサイ。己の子猫」 「あぁ……」 「舐めて、噛んで、擦って、お主のすみずみまで己の匂いをつけておいた。これから毎日毛繕いをしてやろう」 「うん……」 「子猫のお主なら、この模様は呪いではなく、ただの毛並みに過ぎぬよ」  耳に纏う声は一斉を慈しみ、蜜のようにトロけた甘さで慰めた。  キュゥ……と胸が締めつけられる。  野性的な瞳もギラついたキバも耳も毛皮も体格も、なにもかも自分と違うのに、彼のそばは安心する。 「……なぁ、ジェゾ……」 「ん?」  無表情が癖になった一斉の目尻を、トロ、トロ、と熱い雫が流れ落ちていく。 「泣いても、いいか」  ジェゾが頷いた途端──一斉は顔をクシャクシャに歪め、溢れ出すように涙を伝わせて泣いた。  声はほとんど出さないまま、掠れた嗚咽で喉をヒクつかせ、控えめに咳き込みごくごく静かに泣き続ける。  それでも確かに泣いている。  ジェゾに両腕をシーツへ縫い止められているから、泣き顔を隠すこともできない。  獣の瞳に映る男は、確かにしくしくと泣いている。  ──蒼い月が昇る世界で、佐転一斉は、ようやく初めて涙を流した。  自分の失恋と期待の喪失を涙で洗い流す。叶うことのなかった恋心の鎖は、大きく温かく優しい白獣の体温に包まれ、ようやく解けて自由になる。  異世界つぐない生活二日目。  この日、一斉の生きる世界は、少し優しくなったのだ。  第一生 了

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