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第二生 もぎたてフレッシュ喫茶店
早いもので、ジェゾと共に暮らし始めてから一ヶ月が経過していた。
ジェゾはハンターとしてダンジョンに潜りながら、空いた時間は無知な一斉の家庭教師に従事している。
おかげで一斉はこの世界の常識をなんとなくは覚えることができた。
密かにツーミンからもいろいろと教わっている。なんなら会話に本気で困った時は脳内でカンニングの片棒を担がせてもいる。
それほど一斉は勉強やコミュニケーションと仲が悪い。
水と油。魔王と勇者。きのことたけのこ。ここに並べられる。
隙あらば逃げたがるし、自習はいつも無言で顰め面だ。顔が怖いとツーミンは騒がしい。
ただ、スライム製の消耗品やら科学者の卒倒しそうなファンタジー製品やらには驚くこともなくサクッと適応するので、逆にツーミンに驚かれていた。
これもある種の才能なのだろう。
閑話休題。──さて。
忘れてはいけないのが〝喫茶店のマスターとして客と交流し、喫茶店文化を発展させる〟という目的である。
もちろん忘れたことなどない。
まだ一人で出歩く許可がないので神殿へは通えていないが、生活が落ち着いてから毎朝立仲とグウゼンに祈りを捧げている。
祈るといってもなにを祈ればいいのかわからないので、とりあえず「おはよう。生きてるぜ」と祈っている。
生活にも多少は慣れた。
世界の基礎や常識も多少、……まぁ少しはわかった。
そろそろ二人に報いるべく動き出してもいいだろう。
そのためにはまず主であるジェゾに喫茶店布教活動の許可を取らねば。
「構わぬ。思う様にせよ」
「っ?」
爽やかなある日の朝食時。
人間サイズの食器を手に巨大目玉焼きを咥えたまま、一斉はパチパチと瞬きを繰り返してジェゾを凝視した。
向かいの席でうにょうにょと波打つ活きのいい厚焼きハムを一口で食らうジェゾ。食ってる場合か。
ペットの子猫がいきなり「駅前の賃貸で一人暮らししたいです」と言い出したようなものだぞ?
「なんだ、嫌なのか?」
「や、嬉しいけど……召喚獣は、主の武器で、従僕で、持ち物だろ」
「無論。召喚獣に自由を許す主などそうはおらぬ……が、己 はそもそも召喚術士ではない。召喚術士の常識や都合を知らぬ以上、己の信ずる己のルールに従うまで。ただし、やると決めたならやり遂げよ。死力を尽くしてな」
「…………」
一斉は無言でジェゾを凝視したまま巨大目玉焼きの一欠片をモグモグと口の中へ手繰り寄せ、ゴクンと飲み込んだ。
ジェゾには未だ、罪滅ぼしシステムについてなにも話していない。
自分がどこの生まれでなぜこの世界にやってきたのかは当然、喫茶店の説明とそれを開きたいと話しただけで理由すら秘密のままだ。
目ざといジェゾは必ず気づくだろうと、聞かれれば答えると決めて、結果がこれ。
なんだ、これには興味がないのか? 人の刺青の理由なんかに興味を持っておいてよくわからない。
芯のブレない大人は、一斉とは別のベクトルで無口だ。わざわざ己を語らない。どうせ全てわかっているくせに。
それに呆れるような笑えるような面食らうような、妙な感覚。
返事も忘れてパチクリ見つめていると、ジェゾはなぜか気まずそうに「んん」と喉を鳴らして厳しく睨んだ。
「言っておくが、己 は決してお主を甘やかしてはおらぬからな」
「は?」
「過保護にする気など毛頭ない。この国の食文化や飲食店のあり方、店舗のあて、それらは自力で糸口を探せ。はなから他人を頼るでなくまずは懸命に考え、助力はなにをどう助けてほしいかを理解した上で求めよ。でなければ泣いて縋ろうが己はお主を足蹴にするぞ。引きこもりなど絶対に許さぬ。せいぜい励め。わかったな? イッサイ」
「…………」
そう言ってターコイズブルーの瞳を鋭く光らせるジェゾを、みたびポカーンと凝視する一斉。
ジェゾとしては躾たつもりだ。
よほど過保護にして一斉の部屋のドアを破壊したくないらしい。
とはいえ一斉がジェゾを怖がるわけもなく、素の造形、表情が恐ろしげで悪気なく威圧的なジェゾの言葉を取り違えるわけもなく。
いきなり店を開くとしくじる。
基礎くらい学べ。
客の好みや文化も考えろ。
店の資金や場所は決めておけ。
行き詰まったら人を頼りなさい。
要するにこう言われただけだ。
「……ジェゾ、甘すぎるぜ」
「ゥニ゙ッ……!?」
ポロリと呟く一斉に、耳とヒゲと尻尾をピンッ! と立てて毛を膨らませたジェゾであった。
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