43 / 70

43

  ◇ ◇ ◇  この頃の一斉は、喫茶店が完成するまでの暇期間、ドリンクバーのレベル上げに勤しむ日々を送っていた。  ついでにツーミンの助言を受け、軽食メニューの修行にも励んでいる。だいぶ雑に励んでいる。  一斉は喫茶店を飲み物を飲む場所だと思っているので、軽食メニューにちっとも興味がなかった。  修行はジェゾ不在時の食事を兼ねているのだが、これがてんでダメ。  味に拘りがなくややカビたパンや傷んだ野菜、冷蔵庫で腐りかけた半額惣菜くらいなら平気で食べる胃袋鋼鉄男にとって、自分の食事なんて腹が満ちればそれでいい。食事を楽しむ情緒もない。  自分の食事を兼ねるがゆえに全くノリ気にならず、めんどくさいどうでもいい興味ねぇの三連コンボ。  一応好みくらいはあるが。  見た目や栄養はどうとでも。  強いて言うならジェゾと食べる食事はうまいと思う。ジェゾの料理がうまいからだ。  そう言うとツーミンは「どこからツッコんだらええかわからへん」となぜかツッコミ迷子になっていた。  一斉はツーミンがわからないと思った。  閑話休題。  とまぁ多少躓きはしたが、ドリンクバーのレベル上げは上々である。  自分のためなら怠惰を極めるが、立仲やグウゼンのためなら積極的にのそのそ頑張る。それが佐転一斉。自力他願の男。  図鑑の種類もずいぶん増えたし、付与効果のコツも掴めてきた。  最近ではドリンクの容器にもこだわり、ささやかながら工夫している。  いろいろ試してみた。  ドリンク出現時の容器は、中身の鮮度をデフォルトで保つ。  むき出しのカップだろうと腐らず温度もそのままだ。  とはいえ容器から出したり直接飲むと効果は消える。  しかし試しに中身を別のコップに移して飲んでみると、残りは劣化しなかった。  で、容器は一斉の想像である程度形や大きさを変えられる。  細かな制約がありスタミナも消費するため突拍子のないものは不可能だが、効果を一つに絞ったり特定の事柄だけに特化させたり、目的や用途を絞ればそれなりに自由だ。  ここでひとヒラメキ。  生まれたのが、保冷保温防腐機能付き水筒[マホービン]。  毎朝ウインナーコーヒーを嗜むジェゾのためだけにダンジョンでもウインナーコーヒーが飲めるよう脇目も振らず開発した、飼い主ド贔屓の便利な水筒である。  見た目は普通のカップ付き水筒。  現代人にはお馴染みのあれ。  違うのは、マホービンの下部に分離式の小型シェイカーが付いていること。  中には冷えた生クリームが入っていて、取り外してシェイクすることで出来たての生クリームをあと乗せできるのだ。手間がかかるのは許してほしい。  生クリームに砂糖を加えたものならドリンク判定だ。劣化せず冷たいまま持ち歩ける。  分離式なら荷物にもならない。ちなみにカチッとマグネット式。  惜しむなくはザラメとシナモンパウダーが仕込めなかったことだが、苦味の少ないコーヒー豆を選び、味をやや甘めに設定することで飲みやすくした。  これで多少クオリティは落ちるものの、十分美味しく飲めるはずだ。 「──てことで……これ、やるよ」  ん、とマホービンを差し出すと、玄関口でハンター装備に身を包んだジェゾはブワッ! と言葉もなく毛を膨らませたあと、額に肉球を当てそれはそれは深いため息を吐いた。 「保温保冷防腐処理が基本な上に一本で複数の役割がある水筒、だと……? はぁ……これ一つで何十万エーロがとれる代物だぞ……」  なぜか複雑そうだ。小声でモニャリと言われるとよく聞こえない。  一斉の拙いアイデアを元にツーミンと実験と研究を重ね、味、利便性、安全性と二人でこれぞ! というマホービンを完成させたというのに、ジェゾは嬉しくないのだろうか。  でも、ジェゾが言ったんだぞ?  ちょっと前に「クエスト中でも恋しく思うほどうまいな」って。 「だからと言って本当にダンジョン内で手軽に楽しめるよう改造してどうする。まったく……このような財、(おれ)の裁量に余る宝だ」 「や……俺は元々あったもんをパクっただけで、それにドリンクバーの力、混ぜただけだぜ。一応ジェゾ専用って、フタに工夫したし……俺とアンタしか開けらんねぇから、悪かねぇと思うけど……」 「専用登録ができるのかっ?」 「…………要らねぇか」 「たわけ。要らぬ者なぞこの世におるわけがなかろう」  そう言いながら、ジェゾは素早く一斉の手からマホービンを確保した。  落ち着き払った真顔である。  喜んでいる……の、か?  わからないが、呆れた声で一斉の行動を窘めつつのっそりとマホービンを背負いのバッグに詰めているので悪くないと思ってくれたことは確かだろう。

ともだちにシェアしよう!