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「!」
「なッ!?」
「へ!?」
「んぅ!?」
上から順に尾をピン! と立てて毛を逆立て驚くジェゾ、ゼンザ、バーター。そして毒状態なのに初対面の男に唇を奪われ飛び起きるマエセツ。
だが一斉はものともしない。
逞しい腕でマエセツの上体を軽く抱き起こし、もう片方の手で硬直する顎を支えがてら口を開かせ、小瓶一杯ぶんの解毒水をしっかりマエセツの喉に注ぐ。
「ん、ッ……ふ、む……ッ」
舌を使って少しずつ確実に。
怯える頭が逃げないように唇を動かし、角度を変えて飲ませる。
困惑する瞳が怖がっている気がして、一斉はゆる……と目を細めた。
危険なものじゃないというアプローチである。話せないので仕方ない。
そうするとマエセツの顔が紫から赤に染まり、一斉は怒らせたのかと考えてフゥ、と息を吐いた。難しい。
まぁただの人命救助だ。グロッキー状態のウサギは自力で飲めないだろうから、一番楽な方法を取っただけ。
安アパートで消費期限ガン無視生活をしていたくせに脅威の健康体な一斉にとって薬とは、組のアレな薬か、幼い頃に飲んだ甘い風邪薬シロップくらいなのである。あとはウソジンかオモナイン。風邪薬シロップが一番美味い。
故に善意百パーセント。
暴れるといけないから捕まえて、零すといけないから飲み込むまで塞ぐ。──あぁ、ちゃんと美味いな。
「ん……は」
「〜〜〜〜……っ!」
チュク、と濡れた名残りを啜って唇を離すと、マエセツは目を見開いたまま、立派なウサ耳の先まで真っ赤になってバタン! と床に出戻った。
安定のヤンキー座りな一斉はシャツの袖で自分の唇を拭い、少し考えてマエセツの口元も拭ってやる。
すると袖口がクシャクシャになってしまいみっともないのでボタンを外し、丁寧に両方を折り返して七分丈に誤魔化す。
人前で雑に捲るとジェゾが嫌がるのだ。これならきっと大丈夫。
一斉は一人満足すると、両手を組んで肘を膝に置き、床で赤くなったままパクパクと口を開閉するだけのマエセツをジッ……と眺めた。復活待ちだ。
そんな一斉とマエセツを交互にキョロキョロ見つめるゼンザ。
バーターは石と化している。
「な、なに飲ませたの……?」
「解毒水。あー、イチゴ味」
「いや味はどうでもいいんだけど……というか解毒薬に味とかつけても苦味が全てを無に帰すと思うんだけど……」
「いや……? ちゃんと美味ぇよ。けどもう今日はダルいからね……。……お客さん、口貸してくれる?」
「口移しの試飲……!?」
「つか薬、すぐ効くのかわかんね……」
ヒョエエ、と戦慄するゼンザを後目に気だるく息を吐き、一斉はマエセツの紅潮した頬に指先で触れる。
顔色は良くなったと思うがやけに熱い。熱でも出たのかもしれない。
ワイルド系で比較的背の高いウサ耳男はか弱く見えないが、この世界のウサギもやはりか弱いのだろうか。
一斉がそうしていると、不意に影がさし、ぬぅ、と背後から白い腕が伸びた。
「…………」
「ぎゃッ」
「ぁ……?」
突然のジャガーに、一斉はキョトンと不思議がりゼンザは悲鳴をあげる。
しかしジェゾは返事をせずに横たわるマエセツの顔に触れ、瞳孔や呼吸、様子を観察すると、マエセツの首根っこを掴んでポイッ! とゼンザたちのほうへ軽々と押しつけてしまった。
受け止め損ねたゼンザとバーターが「ぐへぇ!」と潰れた声で呻く。
それすら気にもとめない。
潰れた三人組をひとまとめに引っ掛けて片腕で持ち上げ、ズカズカと出口に向かい、ガシャチリン! とドアを開いて持ち上げた三人組をブン投げる──ことはせず、トンと地面に置く。
殺される! とばかりにガタガタと震えていたゼンザとバーターは、マエセツを抱えて恐る恐る顔を上げた。
ジェゾは青い瞳を静かに細める。
だが一振で首をへし折れる前足を振り下ろさず、骨を噛み砕く顎を開いて、ザラついた低音で語りかける。
「其奴の毒は抜けておる。後遺症もなかろう、日が落ちる前に帰れ。そして精進せよ。未熟者が備えを怠るは自死を手招く驕った慢心よ。わかったな?」
渋く深く響く声に咎められ、ゼンザたちは激しくコクコクと頷く。
それを見て、ジェゾは多少大人しめに、されど固くドアを閉めて邪魔者たちを手早くシャットアウトした。
[解毒水(Lv対応)]
毒状態を即・回復するイチゴ味の水。一斉のオリジナル。甘くて美味い。
単純なドリンクに解毒効果を付与しただけなので省エネだが、状態異常関連は消耗が激しいため全然疲れる。状態異常関連のレベルを上げることで効果上昇、疲労度減少が可能。二日酔いにも効果テキメン。
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