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第9話

 都では、相変わらず鬼が出たという話が飛び交う日々が続いている。一方、屋敷では母上が攫われかけたあの日以降、鬼が再び姿を見せることはなかった。 「いや、現れなくてよいのだ」  警備の人数を増やし加護を受けた武具を揃えてはいるものの、あのときの鬼が再び現れても退けることは難しいだろう。それがわかっているだけに、悔しい思いと安堵が入り混じる思いがした。  こうして鬼のことを日々考えていると、不意に金花の言葉を思い出すことがある。 「“鬼の本性”とは、どういうことなのだろうな」  俺たちは何代もの間、鬼と対峙してきた。しかし鬼のことを詳しく知るものは少ない。陰陽寮でさえ確実に鬼を撃退できる方法を知っているわけではなく、いまわかっている最大限のことでそれぞれが対処しているような状態だ。 「鬼のことを、俺たちはほとんど知らないということか」 「カラギは鬼のことが知りたいのですか?」 「……ッ! 金花、気配を消して近づくなと何度言えばわかるんだ」 「あぁ、すみません。つい癖で」  にこりと微笑まれると、それ以上文句は言えなくなる。  むすっとしている俺の前に、金花が音も立てずに座った。廊下を見たが誰もついてきていないようで、人影が見当たらない。 「また女房たちを置いてきたのか」 「ちょうど母上様がお菓子を配っていらっしゃると聞いて、そちらに行くように勧めただけですよ」 「……まぁ、おまえに何かできる者がいるとは思えないがな」 「嫉妬ですか? それともわたしの身を案じて?」 「う、うるさい!」 「ふふっ、やっぱりかわいい方」  そんなことを言いながら、また小袿を脱いでいる。金花が言うには、貴族の着物は重すぎて暑いらしい。  だからと言って不用意に薄着になるのはどうなんだ。そんな姿を頻繁に晒すなど、貴族屋敷にいる姫君がすることじゃない。それに目のやり場にも困って仕方がなかった。 (そもそも夏でもないのに、なぜ肌が透けるような薄い着物を着ているんだ!)  真っ白な単は極薄の生地で作られたもののようで、うっすらとではあるが胸のあたりが透けて見える。女房たちのようにふくよかではないのに、ただ先端がうっすら見えるだけで、やたらと淫らに見えて仕方がなかった。 (俺がそう思うとわかっていて、そういう格好をしているに違いない)  実際、その姿で迫られれば俺の体は呆気なく陥落するだろう。いや、格好云々とは関係なく金花に迫られれば抗うことなどできなかった。  それもこれも鬼のなせる技のせいだ。「これだから鬼は油断できないのだ」と思ったところで、そもそも鬼にそういう力があるのかすら知らないことに気づいた。 「我らは鬼のことを知らなさすぎるのかもしれないな」  ぼそっと漏れてしまった言葉に、「何ですか、急に」と金花が首を傾げている。 「いや、長く鬼と対峙してきたというのに、俺たちは鬼のことをほとんど知らないと思ってな」 「もともと鬼と人とは交わらないものですからね。人にとって鬼は恐ろしい存在であり、鬼にとって人は獲物や道具のようなものですから、互いに知ろうとしないのは仕方がありません」 「……そうか、そういう認識なのか」  人は命を賭けて鬼と対峙しているが、鬼にとって我らは対峙すべき存在ですらないということだ。なんとなくそう感じてはいたものの、はっきり言われると思った以上に衝撃を受ける。 「鬼は子を成すために人の女を攫い、子を生ませる。生んだあとの女のことを気に留める鬼はいません。そういう意味では道具と同じでしょう」 「……なんというか、胸糞が悪くなる話だな」 「これで胸糞悪いと言われると、この後の話はやめておいたほうがよさそうですね」 「鬼のことを知りたいのは本心だ、続けてくれ」  ほんのわずか考えるような仕草を見せた金花は、「まぁ、いずれはわかることでしょうから」と言って紅い唇を開いた。 「鬼の糧は、人なのですよ」 「どういうことだ?」 「鬼は生きるための糧として、人を食らうということです。あぁ、酒を飲んだり獣の肉を()んだりはしますが、あれはただの嗜好品。生きるためには人を食らうしかないのです」  鬼が人を食らうことは知っていたが、まさか人を食らうことでしか生きられないとは思いもしなかった。想像すらしていなかった内容に先ほどよりもさらに衝撃を受ける。 「ということは、鬼の数だけ人は食われるということか」 「鬼一人が人一人を食べる、ということではありませんけれどね。実際、小鬼たちは力のある鬼の食べ散らかしたものをくすねていますし」  食べ散らかした、という表現に腹の奥がムカッとした。……いや、俺たちだって似たようなものかもしれない。仕留めた獣に感謝する者がどれだけいるのかと考えれば、やっていることは同じなのだろう。 「どちらにしても、鬼は生きる糧として人を食うということなのだな」 「えぇ。とくに都に棲む鬼たちは柔らかい肌と肉を好みます。だから女を攫う。攫って子を成すのならよし、成さないのなら食らえばいい。簡単に言えばそういうことでしょうか」 (鬼とは、俺たちが考えているよりもずっと恐ろしい存在なのかもしれないな)  そして、人は鬼にとって大したものじゃない。生ませるか食うかのものでしかないのだ。 「ならば、男は無用のものと思っているのか?」 「さぁ、どうでしょう。鬼のなかには男を食らうものもいるようですし、そこは人と同じで鬼によりけりだと思いますよ」  男を食らうと聞き、思わず金花を凝視してしまった。 「ふふっ、この場合の食らうは、わたしがあなたを食らうのとは違います。もしかしたら、そういう鬼もいるかもしれませんが」 「おまえが俺と交わるのは、てっきり鬼だからだと思っていたんだが」 「少し違います。まぁ人から見れば鬼も妖魔も同じものでしょうから、そう勘違いされても仕方ありませんけれど」  そういえば、出会ったときも“ようま”という言葉を口にしていた。……そうだ、たしか鬼と“ようま”の合いの子、と言ってはいなかったか。 「“ようま”とは何なんだ?」 「おや、ようやくわたしの体以外にも興味を持ってくれましたか?」 「うるさい! 俺は真面目に訊いているんだ!」 「ふふっ、怒らないでください。好いた方に興味を持ってもらえるのは、鬼だって嬉しいのですから」  ニィと笑う金花をひと睨みしたが、相変わらず効果はまったくなさそうだ。 「妖魔をひと言で説明するのは難しいのですが、鬼以外の鬼のような存在、とでも言いましょうか」 「陰陽寮が言うモノノケということか?」 「近からずも遠からずですね。モノノケと呼ばれる妖魔もいますし、人前にはほとんど姿を表さない妖魔もいます」 (ううむ)  よくはわからないが、それだけ多くの種類がいるということなのだろう。 「それで、おまえはその“ようま”と鬼を親に持つということなのだな?」 「はい。父は鬼ですが、生んだのは金花猫と呼ばれる妖魔の一種です」 「きんか、ねこ?」 「猫とついてはいますが、いわゆる人が愛玩する猫とは違います。ふふっ、あなたに愛玩されるのであれば、わたしは猫でもかまいませんけれど」 「おまえはどうして、そうすぐに淫らなことを口にするのだ! 俺は真面目に訊いているのだと……」 「そう怒らないでください。カッカと顔を赤くするのもかわいくて、つい口がすべるのです」 「~~……ッ」 「ほら、怒らないで」  つぃと近寄った金花が、何を思ったのか俺の頬を優しく撫で始めてギョッとした。慌てて止めようとしたが、幼な子にするような優しい手つきに「やめろ」というひと言が出てこない。  そんな俺に「ふふ」と笑った金花が、するりと顎をひと撫でしてから言葉を続けた。 「金花猫とは、人の精を糧にする妖魔のことです。夢に現れ、淫らなことを囁き、それで逐情した精を食らう。ときには夢でなく(うつつ)でも人を惑わし、精を食らうこともありますが」 「おまえはまるきり後者ではないか」 「そうですねぇ。きっと半分鬼だからかもしれませんね」  ふふっと笑う美しい顔にどきりと心臓が跳ねた。  俺は本当にどうしたというのだ。金花を見るだけでこうなってしまう頻度が明らかに増えている。これも金花が言う“ようま”のなせる技なんだろうか。 「わたしは妖魔の力を半分しか使えないようで、夢で精を食らうのが苦手なのです。となれば、直接精を頂戴するしかありません。そうしなければ死んでしまいますからね」 「では、これまで鬼退治に向かった者たちとは……」 「ちょうどよいと思って精をいただいていました。まぁ口に合わなかったので、一人から一度ずつしか頂戴しませんでしたけれどね。なかにはしつこくやって来るものもいましたけど、そういうものたちには遠慮していただいていました」 「……そうか」  遠慮の意味は尋ねなくても想像できた。金花に精を食われた者もいれば、排除された者もいたということだろう。  いや、なかには金花を忘れられずに己を見失った者がいたかもしれない。そういう者は望んでその身を捧げようとしたのだろうが、どちらにしても都に戻ることは叶わなかったということだ。 「俺は、運がよかったのだろうな」 「それは違います」  漏れた言葉に金花の強い声が重なった。 「あなたは長くわたしが求めていた存在なのです。妖魔の力に抗えるほどの胆力を持ち、妖魔としてのわたしを十分に潤してくれる精の強さも持っている。長く、そう、長いと感じなくなるほど長く待ち焦がれていた存在なのです。そのことは旅をしている間に確信しました」 「金花、」 「あなたのためなら鬼の部分を捨てることもできる。都に来てその気持ちはますます強くなった。わたしはそれくらいあなたを、カラギを好いているのです」  漆黒の目がわずかに潤んでいる。それがあまりに美しく、思わず手を伸ばし目尻を撫でていた。 「長く一人きりだったわたしを満たしてくれたのは、カラギ、あなたが初めてなのです」  言葉を紡ぐ紅い唇から目が離せなくなった。これではいけない。このままではいつもと同じだ。酒精に飲まれたようになって金花を求めることしかできなくなる。わかっているのに、あっという間に俺の体は金花へと吸い寄せられていた。 「俺は、“ようま”とやらの力に惑わされているんじゃ、ないのか?」 「最初から違うと言っているじゃないですか。惑わされているのなら、そんな言葉すら口にできないのですよ。意識を保ち、己の欲を感じ、交わればわたしの()いところを暴いてくれる。それは金花猫の力が及んでいない証」  白い手がすぅと股の間に入り込んだ。すでに滾りつつあった俺の逸物は、金花の手が触れたのだとわかった途端にギチギチに猛ってしまう。  そんな脈打つ逸物に触れた金花は、それはうれしそうに美しく笑った。 「あなたの精は妖魔としてのわたしの糧ではありますが、同時に何者にも代え難い唯一のものでもあるのです。あなただけなのです、カラギ。わたしが初めて好いた方……。どうか、わたしを側に置いてください」  美しい顔がすぃと近づいてきた。鼻先が触れ、金花の吐息が俺の唇に触れる。それを感じながら「あぁ、やっぱり美しい顔をしているな」と、いまさらなことを思った。 「あなたの側にいられるなら、鬼の本性など大したことではありません」 「鬼の……」  そうだ、元々それを訊こうとしていたのだ。そう思って尋ねようとしたが、口を開く前に温かなものが触れて言葉を発することができなくなった。温かく柔らかなそれはしっとりしていて、どうにも離れ難い気持ちになる。  目を細め、うっとりとその柔らかさに感じ入っていると、ぬるりとした肉厚なものが口の隙間を割って入ってきた。それは俺の口の中をするすると動き回り、あちこちを確認するように所々を擦ってくる。そうして俺の舌に絡みついたところで、ようやく肉厚なものが金花の舌だということに気がついた。 (口を吸うのは、これが初めてだな)  あれほど体を交えていたというのにおかしな話だ。気がつけば俺のほうから金花の舌に吸いつき、クチュクチュと音を立てながら舐め回していた。 ・ ・ ・  金花に“鬼の本性”なるものを訊くことができないまま数日が経った。  鬼のことを聞いた日以降も何度か尋ねようとはした。そのたびに唇に吸いつかれ、結局は何も訊けないままになっている。 (まるで訊かないでくれと言っているみたいだな)  口を吸われると頭がぼんやりとしてしまい、気がつけばいつもどおり激しく交わっていた。そうして終わった後には何をしようとしていたのかすっかり忘れてしまう。 (“鬼の本性”が危ういものでないなら、急がなくてもいいか)  屋敷に連れて来てからそこそこ日が経つが、金花が他の鬼のように人を食らおうとしたことは一度もない。もちろん、俺以外の男をそういう意味で(・・・・・・・)食らうこともなかった。  普段は見るからに貴族の姫君のような様子で、周囲にいる女房は誰一人として金花の正体に気づいていない。母上についている御所から来た女房たちですら、金花が男だということには気づいていなかった。それどころか歌の才に惚れ惚れとしているようで、母上の周囲からは「歌合(うたあい)に出ても遜色ない」と褒め称えられるほどだった。  香や書にも詳しく、着物の色合わせは女房たちが真似をするほどで、なんと貝合わせもやるらしい。本人いわく「蹴鞠も得意なんですが、さすがに姫君はやらないでしょうからねぇ」とのことだが、それではまるっきり公達ではないかと驚嘆した。 「なぜそんなにあれこれできるんだ?」  思わずそんなことを訊いてしまった。 「鬼の寿命はとても長いのです。だから持て余した時間で人の楽しみを嗜んでいただけですよ」 「それにしては、御所出の女房や公達にも負けない知識を持っているじゃないか」 「ただの暇つぶしだったのですけれどね。でも、おかげでカラギの奥方として恥ずかしくないわけですから、いろいろやっておいてよかったと思っています」 「……そうか」  うれしそうに話す金花を見ると、鬼のくせにだとか悪態をつくことができなくなる。 (鬼だから人より劣っているだの野蛮だのと思っていたのは、人が鬼を知らないからということか)  少なくとも金花は野蛮ではない。むしろそのあたりの貴族子息よりも貴族らしく、下手な姫君よりもずっと姫君らしい。鬼にもこういう者がいるのだなと感心するばかりだ。 「鬼が皆、おまえのようであれば少しはわかり合えるかもしれないな」  ふと漏れた言葉に、どうしてか金花は少し微笑むだけで何も言わなかった。 (そういえば、以前にもこんな顔を見たような)  そのことが気になったが、日常を送るうちにすっかり忘れてしまっていた。  都のあちこちで鬼の話は聞くものの、御所や貴族の屋敷に現れたという話はぴたりと聞かなくなった。それに母上や女房たちは安心したのか、すっかり元の生活に戻っている。兄上たちから寄越された武士(もののふ)たちにも一旦帰ってもらったからか、屋敷全体も少し静かになった。  だからといって備えに手を抜くことはせず、八幡大菩薩の加護を受けた武具を少しずつ増やしている。 (こういうときこそ、鬼が狙ってきそうではあるが……)  鬼がそう簡単に都から姿を消すとは思えない。この静けさは何かが起きる前触れだと考えるほうが納得できる。ますますそんな気がしてきた俺は、「今度こそ」という思いを抱きながら鍛錬を続ける日々を送っていた。 「ますます逞しい体つきになって」 「うるさいぞ」  庭で鴉丸(からすまる)を振るう俺を見ながら、金花が「ほぅ」とため息をついている。まるで憧れの公達を見る姫君のような眼差しに、つい意識を持っていかれそうになって慌てて気を引き締めた。 「さぁ、一度汗を拭いましょう」 「……」  たしかに汗を拭いたいとは思っている。だが、手ぬぐいを手にした金花の(ねぶ)るような視線を感じると、どうしても近づくのがためらわれた。 (ただ拭うだけならいいんだが……)  先日は、俺の上半身を拭いながら「力強い腕や足の肉、何より盛り上がったこの胸の肉など、揉みしだきたくなるほど素晴らしい」と囁かれた。しかも舌なめずりしているかのような声でだ。そうして閨を思い出させるような手つきで胸を拭われた俺は、それ以上鍛錬を続けることができなくなってしまった。  いまだってそうだ。女房たちの手前、妻である金花の申し出を断ることはできない。仕方なく近づけば、拭っているのか嬲っているのかわからない手つきであちこちに触れてくる。  とくに胸は下から揉み上げるように拭ったかと思えば、次は乳首を撫で回すようにくるくると布で擦るのだ。それで尖ってくれば紅い唇でニィと笑い、ぺろりと舌舐めずりを見せてきた。 「おまえという奴は……っ。昼日中から、そういうことをするなっ」  声をひそめながら叱ると、「ふふ」と笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。 「そういうこととは?」 「……ッ」 「ふふっ。尖ったここは本当においしそうだこと。今夜、またたっぷりと舐めたり噛んだりして差し上げますね」  紅い唇を舌先で舐めながら、上目遣いでそんなことを口にする。何度もしゃぶられ噛まれた乳首は、その言葉だけでますます尖ってしまった。  己の体はどれだけ淫らにされてしまったのかと情けなくなった。同時に、相手は妻なのだからかまわないじゃないかと囁く自分の声が聞こえる。 (妻と言っても仮初め、鬼だぞ。しかも男じゃないか)  俺と交わるとき、金花は俺の体に熱心に触れてきた。ときには女にするような手つきで体のあちこちを撫で回してくる。そのたびに金花が男だということをまざまざと実感させられ戸惑ったりもした。とくに金花のお気に入りらしい胸は熱心にいじられ、気のせいでなければわずかに胸の肉が大きくなったような気さえしている。  さらに金花は俺の逸物も丹念に触ってきた。指で撫で、手で触り、形を確かめるように握ったかと思えば袋ごと丁寧に揉みしだく。それに手だけではない。口に含みじゅぼじゅぼと音を立てながらしゃぶることもあれば、長い舌でねっとりと舐めることもあった。ときには足裏に挟んで擦ることもあるし、金花の初々しい色合いの逸物と擦り合わせることもある。 (……しまった、余計なことまで思い出してしまった)  腕の汗を拭っていた金花は、さもうれしいと言わんばかりの笑顔で俺の股間を見ていた。 「ふふっ、こうやってすぐに反応してくれるなんて、本当にかわいい方」 「おまえはっ。やめろ、まだ昼、だぞ……ッ」 「でも、ここはもう随分と苦しそうですよ?」 「だから、そうやっておまえが触らなければ、勝手に収まる、と言って、……ッ」 「このまま出さずに収めるなんて、そんなもったいないことを言わないでください。どうせ収めるなら、わたしの中に吐き出せばいいじゃないですか」 「だから、おまえは……! やめろっ、それ以上触るな……ッ」 「あぁほら、もう先がヌルヌルと……。わたしの後ろもじんとして、早くこれがほしいと濡れてきました」 「……ッ!」  金花の囁くような声とねっとりした手つきに、逸物がギュンと滾るのがわかった。金花の尻が濡れる様子を思い出したせいで、腹と逸物の袋がぐぅっと重くなる。  金花は男だというのに、なぜか尻が女のように濡れる。それが“ようま”の証なのかもしれないが、白くまろい尻の間から透明なものが滴るのを初めて見たときは、頭の血が噴き出るかと思うほど興奮してしまった。  それ以来、俺は好んで金花の尻を指でいじるようになってしまった。くちゅくちゅと音を立てるのすら愉しんでいる自覚がある。おかげで「尻が濡れる」という言葉だけで頭にカッと血が上ってしまう有り様だ。 「……ッ、まだ、駄目だ」  それに、離れているとはいえ女房たちの目もある。 「そんなつれないことを言わずに、わたしの中に思う存分、子種を――」 「御所に鬼が出た……!」  金花の淫らな言葉を遮るように、庭の向こうから大きな声が聞こえた。ドタドタと走ってくる足音に気づき、金花を押しのけるように遠ざけてから腰回りを慌てて整える。膨らんだ逸物は隠しようがないが、脱いだ単がうまく隠してくれるだろう。 「カラギ様、御所に鬼が出たとのことです!」  その言葉に先ほどまでとは違う熱がカッと頭に上った。 「帝は!?」 「避難あそばし、ご無事とのこと!」 「すぐに向かう! おまえたちは塗籠(ぬりごめ)の武具を持って追いかけてこい!」 「はっ!」  上着を整えるのは後回しだ。鴉丸(からすまる)を握り締め、庭から通りへと駆け出す。背後から金花の声が聞こえた気がしたが、そのまま俺は御所へと駆け足で向かった。

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