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第7話 本編

 昨夜は結局一睡も出来なかったとかそんな事には一切ならず、事後処理だけしてそのまま二人で床でくたばって死んだように眠った。  日も高くなる頃に携帯のバイブで先に目が覚めたのは俺の方だ。  体が痛いな、と思いながら首だけであたりを見渡すと、いつの間にか持ってきてくれたであろう毛布に理央さんが俺の隣に並んで眠っていた。思わずう声を上げてしまいそうになって、慌てて手で口を押さえた……だって、今までこんな状況滅多になかったから、正直もう少し堪能したい、し。  背中を少し掻きながらあくびを噛み殺しつつ、そんなどうでもいいこと思ったのは寝不足だからだろうか。  しかし眠っている時でも理央さんて人は眉間の皺が残っているんだな。寝顔が素直な顔なら、彼は常に悩んでいるってことか。  どうせならもう少し安らかな寝顔が見たいものだ。その悩みの原因を考えることは、あえてしないけれど。  頬をつつくとさらに深くなる皺に笑いを堪えつつ、ふと思う。 (……たった一日、なのに)  そう。  たった一日。むしろ一晩。ただそれだけでこんなにも印象が変わってしまった。  昨日まで苦手だった人物が今じゃ自分の隣で寝ている。  ほんの一面しか知らない相手。その一面だけで嫌っていた自分。  本来なら。  本来なら説明のつかないことが、昨晩に起きてしまった。  でも、理央さんのことをそもそも知ろうとも思わなかった自分は、考えがいかに浅い人間だということを思い知った。……そんなことは別に自分に限らず、世の大半で起こり得そうではあることだけれど。  人の付き合いなんていつ変わるか分からない。  今回みたいにうまくいく時もあれば、もちろんその反対もまたしかり。  ということは、自分が今信用している人にもいつか足元掬われるかねない、とも言えるんだろうか。 (……それは、ちょっと)  人間不信になりそうで嫌だな、と考えながら、理央さんの瞼を観察する。 (ほんと綺麗な瞼だなー……)  こんな事も知らなかった付き合いだったのに。  ほんの少しの自己嫌悪を感じながら、つくづく人との付き合いは難しい、なんてことを感じた。 「ん……」  そうこう思っているとごそ、と理央さんが動く。  お、と思い見ているとうっすらと瞼が開いた。まだ視点があわないのかこちらをぼんやりと見ている。  なんだか大型犬の寝起きみたいで、少し面白い。 「あ、おはようごさいます……」  ぼうっとしたままの理央さんに挨拶してみるが反応はない。理央さん? と不安に思い顔を覗き込むと、少しの間の後。  すぱんっ。  頭に軽い衝撃を受けたのに気づいたのは、自分比で考えても遅い方だった。  というか叩かれた理由がよくわからない。え、本当に何なの、一体。  よほど自分はポカンとした顔をしていたのだろう。理央さんは何とかを潰したような顔をしていた。なんだっけ、ニガムシ? 「……顔」  ようやく口を開いたと思えば、その一言。  なんだ、顔がどうかしたのか。なんかついているのか? そう思い頬を袖で拭っていると考えが読まれたのか違う、とまた一言。  じゃあなんなんだ。ていうか叩かれた理由は何よ、と考えていると、理央さんはそれはそれはなんとも形容しがたい表情でこう言い放った。 「……近、過ぎだ」  照れてる。理央さんが。あの、理央さんが、だ。  この人は乙女か何かなのか。昨今そこら処女だってそんな事は言わないだろうよ、と内心思いつつ、あー、すんません、と静かに下がる俺はちょっと、いやけっこうえらい。  この人、色々反応が可愛すぎるな。今までとは違う、意外すぎる理央さんの態度についぽろりと本音がこぼれてしまった。 「理央さん純情ー……」  ……先程より強く叩かれた気がするのは俺の気のせいじゃないはずだ。本当につくづく反応が飽きさせない男だと思う。 「……あー」  喉痛い。声出し過ぎた。しばらく響きそうだな、なんてことを思っていると。 「……悪かった。無茶させたな」  理央さんが、そんなことを言う。ああ、もうすっかりいつもの彼だ。少しつまらないけれど、とどうにか起き上がって体中に響くような鈍痛に気がついた。まずいな、これに理央さんが気づいたらめんどくせえ。 「えーと、別に。……あ、そうだ。ねえ理央さん」  とりあえず話を変えようと、昨晩のことを思い出して、ふと理央さんに尋ねる。 「なに」 「昨日、夢みたいだ、とか言ってたけど、何がすか?」  俺と同じように起き上がって煙草に火をつけていた理央さんが、盛大に噎せた。その背中をよしよしとさすりながら、続きを待つ。 「……そんな事、言ったか?」 「はい、もちろん」 「言ってない」 「いや、嘘でしょ。そんだけ噎せといて何言ってるんすかあんた」 「……」  聞き返すも黙りこくる理央さん。なんだよ、昨日のほうがよっぽど素直だったなこの人。  なにかいい手はないかな、と思いながら考えを巡らせていると、一つありえない考えにたどり着いた。いやいやいや、ないないない。でも、あまりにバカバカしいその考えを、そのまま捨てるのももったいなくて、つい、からかい半分に理央さんに言ってのけてやった。 「……はーん。もしかして、ずっと俺のこと好きだったとか、」  ……途端静かになる室内。くゆる煙だけがゆっくりと天井に立ち上っていく。なんの音もしない中、理央さんは相変わらずゆっくり煙草を吸ってから、俺の質問には返さず、ただ一言だけ送っていく、と呟いた。  ――目元をまた、赤く染めたまま。  ……嘘だろ? だって、だってそんなこと……。    ――怪奇現象もいいところなんだから。

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