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「素人さん相手に何をしている」
柔らかさの中にも厳しさを感じる男の声だった。
「神宮寺さん」
その名前を口にしたチンピラの勢いが一気になくなった。
助け舟が来たか? いや、チンピラと知り合いらしいから助け舟にはならないか、そう不安になりながらも行方をじっと見守った。
「いや、この兄ちゃんがぶつかってきて肩の骨が折れたかもしれないから」
この期に及んでもまだ骨折だなんだ言うのだな、と直生は呆れた。
「お前の肩は少しぶつかっただけで折れるのか」
「え、いや……その……」
「そんな簡単に折れるのなら、元々ひびでも入っていたか」
「あ、はい!そうです」
神宮寺と呼ばれた男が口にした言葉が助けだと思ったチンピラは再び勢いづく。しかし、それもほんの一瞬だった。
「ひびが入ってるのにそんな普通にしていられたのか。そうは見えないが」
「えっと……あの……」
「それに折れているかも、と言う割には元気だな。痛くはないのか?」
「え? 痛い……痛いっす」
「そうか。なら、さっさと病院に行け」
その言葉に助け舟かと思っていたものが、やはり助け舟ではなかったのか、と落胆した。
この神宮寺という男も金を出せ、と言うのか。道行く人々は厄介事には巻き込まれたくないと素通りしていく。誰も助けてはくれない。そう思うと泣きそうになった。
「えっと病院代を……」
「なんだ病院代が足りないのか。あっちに銀行があるぞ」
「いや、その兄ちゃんがぶつかってきたから」
「ひびが入っていたなら、こんなところをフラフラしてるなんてできないはずだがな」
「その……」
窘められたチンピラたちは、直生から金を巻き上げようとした時と比べ勢いがなくなってきている。
とは言えまだ完全に事が済んだわけではない。
神宮寺という男は助け舟のようだけれど、チンピラと顔見知りなのだから最後まで気を抜くことはできない。
それなのに、サンダルウッドの香りを近くからずっと嗅いでいると気持ちが落ち着いてくるどころか、どこかボーッとしてしまう。どうも鎮静効果があるようだ。それで、つい色々考えてしまう。
香りを纏っている男を盗み見る。黙っていると冷たい印象さえ与える切れ長の奥二重の目も、こうやってみると血が通って感じる。もちろん、優しく見えるわけではないが。
でも、同じ男から見てもイケメンだと感じるその顔は、直生には羨ましいものだった。
だけど、どう見ても堅気には見えない。堅気にしては圧が強すぎる。
絡んできたのはチンピラだけど、後から話に入ってきたのが、どう見てもその筋の人というのは助かったのか、それともさらなるピンチに陥ったのかわからない。
チンピラからは助かったとしても、後からこの人から何かを要求されたりしないだろうか? はじめは助かった! と思ったけれど、神宮寺という男もその筋の人間に見えるので、落ち着いて考えると不安になってきてしまった。
チンピラも怖いけれど、この男も別の意味で怖い。
いや、でも堅気には見えないけれど、この人はそんなことをするようには見えない。もちろん、ただの印象だけれど。
それにしても、やはりいい香りだと思う。重めの香りで気持ちが安らぐ。
しかし、今回もそのことに周りの人間ーチンピラだがーが気づいている様子はない。こんなにも濃厚な香りなのに、何故みんな気がつかないのだろう。
「嘘をつくならもっとうまい嘘をついた方がいい。後、素人さん相手にふっかけるような真似はよせ。|組《うち》の名を汚すな」
「はい……すいません」
直生がつらつらとあらぬことを考えているうちに、チンピラと男の間で話がついていたようで、チンピラたちは直生をひと睨みするとその場を去っていった。
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