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ボーッとしていると、神宮寺と呼ばれた男は直生に向き直った。
「大丈夫か?」
「え? あ、はい。大丈夫です。あの、ありがとうございました」
「……」
直生が返事をしても、神宮寺は黙ったまま直生を見つめる。何か言われるのではないか、と思うとドキドキして、つい上目遣いで見てしまう。
神宮寺が口を開くまで数秒だったはずだけれど、直生にはとても長く感じられた。
「あの時の。名前は?」
「白瀬直生です」
「俺は神宮寺だ。神宮寺誉」
「神宮寺さんですね」
「あぁ。ここにはたまにああいったチンピラがいるから気をつけた方がいい」
「はい」
「ところで香水か何かつけているか? バニラのような甘い香りがするんだが」
「香水も何もつけていません」
バニラのような香りがすると言われてびっくりする。直生が神宮寺を覚えていたのは、その香りとオーラからだったが、神宮寺が自分を覚えていたのも香りだというのか。しかし、直生は香りとなるものを一切つけていない。だから、自分から何か香りがするはずがないのだ。
「神宮寺さんは香水つけてますか?」
「いや、つけていない。何か匂うのか?」
「はい。サンダルウッドの香りが」
「そうか……」
お互いに香水をつけていないのに香りがする。それも充満する感じで。でも香水をつけすぎたようなのとも違う。
香水でないとしたら、それはフェロモンしかないけれど、お互いにヒートもラットも起こしていない。つまりフェロモンが匂うはずがないのだ。
「お前Ωだろう? ヒートは起こしてないな? こんなに堂々と外を歩いているんだから」
第二性を人に尋ねるのはセクハラに当たるとされている。でも今、第二性の話をしなければわからないことに直面しているから仕方ないだろう。
「はい。Ωですが抑制剤を毎日飲んでます」
抑制剤を飲んでいればヒートを最小限に抑えることができる。ヒートが不順すぎて抑制剤を飲まないと怖くていられない。
前回ヒートが来たのが先月だから普通なら二ヶ月後なはずだが直生の場合は次、いつ来るのか全くわからないのだ。順等に来れば二ヶ月後だが、もしかしたら今月来るかもしれないし、半年来ないかもしれない。全くわからないのだ。
「俺はαだが、今ラットは起こしていないし同じようにα用抑制剤を飲んでいる」
やっぱりαだったか。しかしαで抑制剤を飲んでいるのか。αがラットを起こすのは近くにヒートを起こしているΩがいる時なので、飲んでいない人が多い。
「そうか。お互いに匂うはずのない香りがしているんだな。しかもお互いにしかわからない」
お互いにしかわからないと言ったか。やはり今日のチンピラも香りはわからなかったんだな、と思う。
「先日会った時、βの運転手がいたが気づかなかったようだ」
お互いにしかわからない香りーフェロモンー。それが意味するものは……。
そんなはずがない。運命の番だなんて都市伝説だ。そんなものが自分に起こるはずがない。まして、こんなイケメンと。
仮に神宮寺がその筋の人間だとしても、彼と番になりたいという男女はごまんといるだろう。そんな彼に運命の番がいるというのはわかる。いや、イケメンだから運命の番がいるというわけではないが、自分に運命の番がいるとは思えないのだ。
だから、この件に関して神宮寺がどう思っているかわからないが、直生は”気のせい”の一言で片付けた。
「そうか……。まぁ、いい。気をつけて」
「あ、はい。ありがとうございました」
神宮寺と別れると足早にネオン街を通り抜け、デパ地下で美味しそうな惣菜をいくつか購入すると和明の家へと急いだ。
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