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「まぁ、大事にならなくてよかったな」
「うん、それは本当に助かったよ」
和明の家へ着き、誕生日祝いをする。祝いと言ってはいるがただの酒呑みの口実に過ぎない。
空きっ腹では悪酔いする、と言って直生が持ってきたものや和明が用意していた食事を済ませ、酒を開けた。
そして、食べながらネオン街であったことを話したのだ。もちろん、ラットを起こしてもいない神宮寺からサンダルウッドの良い香りがしたことも、自分からバニラのような香りがすると言われたことも。
「そんなことってあるんだな。お前からもバニラの香りがするっていうんだろう?」
「うん。匂う?」
「いや。俺には全然だ。βだからかな?」
直生からはバニラの香りがすると神宮寺に言われた。けれど、和明にはその香りがわからないという。以前すれ違った時に神宮寺と一緒にいた運転手にも直生の香りはわからなかったという。つまり、直生の香りは神宮寺にしかわからないのだ。
最も和明も、その一緒にいたという運転手もβだからかもしれない。しかし、今日あの場にαやΩが誰もいなかったとは考えにくい。それに、ヒートでもない時に離れたところにいた人間にわかるほど香りを強く発していたというのならβの和明や運転手にだってわかるはずだし、居合わせたαやΩが反応しただろう。しかし、それはなかった。
もしかしたら微量なのかもしれない。しかし、離れていても気がついたのだから微量だとは考えにくい。とすると、それが意味することは……。
「運命の番だったっけか。それじゃないのか?」
「俺に運命の番なんていると思うか? それに運命の番は都市伝説だぞ」
「そうは言うけどさ、数例であれ近年だって運命の番の報告例はあるんだろう」
「そうらしいけど。でも、それが自分の身に起こるとは思えないんだよな。だって俺だぞ? 平凡が服着て歩いてるような俺だぞ? 人混みの中じゃ埋もれて消えちゃうんだぞ。他のΩみたいに可愛くも綺麗でもなくて、背だってΩにしては高いし」
「でも、運命の番なんだからどんな人間かなんて関係ないだろう。それにお前は自己否定が強すぎる」
和明には運命の番なのではないか、と言われた。それは自分も一瞬考えた。確かに運命なのなら、平凡だろうがなんだろうが関係ないのかもしれない。
それでも都市伝説とまで言われているものが自分の身に起きているとは思えないのだ。けれど、そうとしか思えないものが身に起きているのも事実で。それをどう考えていいのかわからない。
和明には否定したし、直生自身も否定しているけれど、運命の番と考えれば納得がいくのだ。いや、そうでないと納得できないのだ。それでもにわかには信じられなかった。
「まぁ、お前が自己否定しててもいつかはっきりするだろ」
「そう、なのかな?」
「でもさ、運命の番なら惹かれあうとかないのか?」
「さぁな」
「何もない感じ?」
そう問われて、うーん、と考える。惹かれてはいない。ただ
「落ち着くかな?」
「へぇ。やっぱり他の人とは違うんだな」
「かなぁ?」
「でも、運命の番なんてロマンチックだよなぁ」
と和明が夢見る表情をして言う。
「なんて顔してんだよ。キモいぞ」
「ひっでぇな。だってロマンチックだろ。βじゃそんなのないからな」
運命の番は普通の番関係よりも関係が強固で離れることはないと言う。
ロマンチック、か……。
自分があまりにも平凡すぎて、そんなの考えたこともなかった。平凡というのは直生の中ではトラウマなのだ。
高校生のときに当時好きだった子が友達と話しているのを聞いてしまったのだ。
「白瀬くん結菜のこと好きじゃない?」
「白瀬くんかぁ。悪くないのかもだけど、平凡すぎて影が薄いよね」
「うわっ、ひっど!まぁ、でも確かに人の中にいたら目立たないよね」
そう言って笑っているのを聞いてしまったのだ。それまでは不細工じゃないから、と思っていたけれど平凡ってそんなふうに言われるんだ、と傷ついたしトラウマになった。だから自己否定してしまうのだ。それは自己否定だけでなく、直生にとっては他人からの否定と変わりなかった。
「運命の番なんて平凡男には荷が重いよ」
それが直生の本心だった。
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