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 チンピラに絡まれているところを神宮寺に助けられてから二週間後。直生はネオン街で途方に暮れていた。  ここはドラマや小説の世界か! と言いたくなるようなことが自分の身に起きたのだ。  それは、家に帰ったらアパートが全焼し、住む家がなくなっていました、ということだ。  現実にそんなことがあるのか? と訊かれたら99%の人は"ない"と答えるだろう。だが、実際に起こったのだ。  朝、いつも通りに起きて、アパートを出て出社し、いつものように仕事をし、少し残業していつものようにネオン街を通って帰路についた。ここまでは本当にいつも通りだったのだ。だけど、ここでいつもと違うことが起こった。  それは、そこにあるはずのアパートは、真っ黒に燃え盛った後だったのである。  近所の大家さんのところへ行き話を訊くと、お昼ごろ火の気がたち、瞬く間に全焼してしまった、という。消防の言う所では煙草の消し忘れのようだ、という。  そんなわけで直生は仕事へ行ったときに持っていたもの以外全てを失った。着るものも、仕事を持ち帰ったときに使用していたパソコンも全てなくなったのだ。  大家の話では見舞金が出るらしい。そして失くなってしまったアパートに関しては、新しく建て直すという。その新しいアパートには、住んでいた人を優先的に住めるようにしてくれるらしいし、その際の敷金礼金は必要ないという。それはありがたい。  しかし、かと言って一日や二日で完成する訳ではない。ということは当面の間住むところが必要になるし、見舞金が出るとは言え、焼け失った家財道具一式を揃えるとなると足りないだろう。それが頭の痛いところだ。  直生としては、職場へのアクセスや利便性を考えると、新しく住む所を探すとなるとこの付近で探す。なので新しくアパートが出来るのを待とうと思うが、その間数ヶ月だろうが仮住まいが必要となる。  実家が近ければ、その間だけ実家に帰るという手もあるが、直生の実家は職場へ片道二時間半ほどかかるので、通勤だけで疲れてしまうので現実的ではない。となるとビジネスホテルかウィークリーマンションだろうか。  友人の家、という手もあるかもしれないが、数日ならまだしも数ヶ月も厄介になるわけにはいかない。とは言え数ヶ月もホテルに泊まるなんてことは無理だので、ホテルに泊まるか友人のところに泊まりつつ数ヶ月の仮住まいを探すことになるだろう。まさか新しいアパートができるまでホテル住まいというわけにはいかない。そんなことが可能ならサラリーマンなんてやってない。  通勤範囲内の友人、となると和明だが、あいにく和明は昨日から出張で中国へ行っていて一週間は帰ってこない。後は大学時代の友人が何人かいるけれど、通勤には遠いし、今は和明ほど仲が良いとは言えない。  ということは友人宅は無理なのでホテルに泊まりながら仮住まいを探すしかない。この辺にビジネスホテルはあっただろうか。ラブホテルばかりが目立っていて思いだせない。  あぁ、取り急ぎ必要な着替えを買わなくてはいけないな、と思ったところで、それよりも先に抑制剤を貰いに病院に行かなくてはいけないことを思い当たる。手元に緊急用として二錠あるのは良かったが、まずは仕事を休んで病院へ行かなくてはいけない。いや、和明がいない状態で自分まで休めるのだろうか、と思う。けれど、緊急事態なのだ。一日でいいから休まないとまずい。  そんなことを考えると胃が痛くなってくる。いつでも連絡取れるようにすれば休めるだろうか。病院の中にいるときは携帯に出れないが、それくらいは大丈夫だろうか。  とりあえず今日から数日はビジネスホテルだろうか。キャッシュカードやクレジットカードはあるので当面のお金はあるとは言え、仮住まい先が見つかるまでビジネスホテルは厳しい。かと言ってネカフェでは荷物を置けない。どうしたらいいんだろうか。  いつもならひとつひとつ解決策を考えられるが、ショックからか、思考があちこちへと飛びまとまらない。まずは何をすればいいんだろうか。  そんな時、ふわりと落ち着く香りがしてきた。この匂いが誰からなんて考えなくてもわかる。神宮寺だ。

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