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「おい、こんなところで何をしている」  間違いない。神宮寺の声だ。顔を見なくても香りでわかる。  それでも、香りがしてから声がかかるまで少し間があったから、それなりに離れていたのだろう。それでも香りには気づくのだ。  声の方を向くと、黒い、いかにもな車を背に神宮寺がこちらを見ている。神宮寺に会うのはこれで三度目だ。 「……」  こんなところで……。  こんなところ、と言われて、直生は自分がネオン街のビルの脇に突っ立っていることを思い出した。  あぁ、そうか。こんなところで突っ立ってないで、少し行った先にあるカフェにでも行けばいいのか、と神宮寺から声をかけられてやっと少し頭が回った。 「おい。こんなところで何をしている、と訊いている」  声に若干の苛立ちが感じられる。神宮寺にしてみたら二週間前に、ここでチンピラに絡まれているところを助けたのに、またこんなところで突っ立って何をしているんだ、と思うのだろう。そして、問を繰り返したことも苛立ちの一つになっているのかもしれない。 「いえ、カフェに行こうかと」  カフェに行く人間がこんなところに突っ立っているのはおかしいかもしれないが仕方がない。だって、今、気がついたのだから。  そして当たり前だが、神宮寺は直生の答えに納得がいっていないようで眉間に皺を寄せている。 「カフェに行くのなら、何故こんなところで突っ立っている」  神宮寺は、今直生が思ったばかりのことを言った。苛立ちは大きくなっているようだ。その様子にいつもなら怖いと思うのかもしれないが、今の直生は平気だ。それどころではないから。 「……んです」 「なんと言った?」  神宮寺の問いかけに答えるも、そんなにしっかりと答えられず、つい小さな声になってしまった。 「泊まるところを探しているんです」  その答えに、神宮寺の眉間の皺はさらに深くなる。  人間、眉間の皺ってそんなに深くなるんだな、と神宮寺を見ながら思う。完全な現実逃避だ。 「泊まるところなんて必要ないだろう。なんで自宅へ帰らない?」  確かに普通ならその反応をするのかもしれないし、それが正解なのかもしれない。けれど、その自宅がない場合は? 火事で燃えてしまっていたら? 帰りたくたって帰るところがないんですよ、と心の中で思う。もう放っておいて欲しい。さすがに怖くてそうは言えないが。 「なにかあったのか?」  ありましたよ。ありました。火事という一大事が。そう考えて直生はため息をつく。 「火事が……」 「火事?」 「火事があったんです。だから……」  だから、ビジネスホテルがどこにあったかなんて、いつもならすぐに思いつきそうなことも、疲れた心と体では簡単に思い出せなくて突っ立っていただけだ。 「火事があって行くところがない、ということか」 「はい」  直生は小さく返事を返す。これで放っておいてくれるだろうか。今はもう疲れ切っていて誰かに説明したり話したりするのがキツい。しかし、神宮寺は何か考えているようだ。 「なら、うちへ来い」 「は?!」

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