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 神宮寺の思いもかけない言葉に、直生は意味がよくわからなかった。いや、なんて言っているのかは聞き取れている。しかし意味がわからない。 「行くところがないというのなら、うちに来ればいい、と言ったんだ。こんなところに突っ立ってたら、また絡まれるぞ」  ――うちに来ればいい  直生は頭の中で何度も反復する。が、やはり意味がよくわからずに答えに悩む。 「え?」 「だから、うちへ来ればいいと言ったんだ」  何度も同じことを言わせているからか、神宮寺の眉間の皺はこれ以上深くはならない、というところまで深くなっている。 「チッ」  そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で舌打ちしたのが聞こえた。怒らせてしまったかな、と頭の回っていない直生もさすがに焦った。怒らせちゃったらどうなるんだろう。この間のチンピラより怖いんじゃないだろうか、とビクビクする。  しかし、いつもならば、おどおどしながらすぐに謝るところだが、やはり平常時とは違うのか、今はそれどころではなく、どうにでもなれ、という自暴自棄なところもあった。 「その様子ではネカフェかビジネスホテルを考えていたんだろう?」 「ウィークリーマンションも」 「あぁ。どこかに一時的に身を置きウィークリーマンションを探すのか。それなら、きちんと部屋を探した方がいいんじゃないのか?」  神宮寺は直生の少ない言葉から、今直生が考えていることを瞬時に理解したらしい。頭がいいのだろう。いや、普通はわかるのか? 少なくとも今の直生にはわからない。わかっていたら突っ立っていたりはしない。ただ、全部を話さずとも理解してくれたことはありがたい。   「元のアパートがまた新しくアパートを建てるみたいなので、そこができたらまたそこへ入居したいので」 「そうか。それなら、それまで俺の家にくればいい」  神宮寺がそういう。  何を言われたのか一瞬よくわからず、少しの間考える。そして、しばらくして泊めてくれると言ってるんだと思い当たる。  ありがたい。とってもありがたいがよく考えて欲しい。神宮寺はαだ。そして直生はΩだ。ヒートが不順で外見もΩらしさの欠片もないが、間違いなくΩなのだ。  そんなΩがαの家にのこのことついていくわけがない。回らない頭でだってそれくらいはわかる。 「ヒートのことなら大丈夫だ。間違いがあっても困るしな。家はふたつあるから俺のことは気にしなくていいし、いつまでいてくれても構わない。それとも、頼れる恋人でもいるのか」 「いません、けど」  いたら突っ立ってない、と心の中で付け加える。それにしても同じ家にじゃなくて安堵する。 「それなら好きに使えばいい。俺はもう一方の家を使うから。新しい部屋が見つかるまででもいいし、いつまでいてくれても構わない。会社に行くにはこの近所の方がいいのか?」 「あ、はい」  直生がついそう答えると、神宮寺は運転席にいた男に声をかける。 「それならそちらを貸す。乗れ」  運転手とは別の男が黙って後部座席のドアを開け、直生を見る。神宮寺の方を見ると、神宮寺は既に後部座席に収まり直生の方を見ている。  乗っていいんだろうか。借りるともなんとも返事してないんだけれど。そう思いながらも、ここまで来て借りませんとも言えないよな、とノロノロと後部座席に座る。  車に乗るとサンダルウッドの香りがより一層強く香った。今まで乗っていたからだろうか。先程よりも香りが強くなったことでなんだか安心する。なんとかなるんじゃないか、となんの根拠もないけれど思ってしまう。本当に不思議とこの香りは鎮静効果がある。 「今夜必要なものは買ったのか?」 「いえ、まだなにも」 「そうか。マンションの隣がコンビニだからそこで買うといい。コンビニで買えないもので他に必要なものはないか? 薬とか。薬と言えば抑制剤はあるのか」  神宮寺は矢継ぎ早に質問してくる。 「今夜はコンビニだけで大丈夫です。抑制剤は二錠あるので、明日病院に行けば大丈夫です」 「そうか」

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