10 / 46
2-3
神宮寺の思いもかけない言葉に、直生は意味がよくわからなかった。いや、なんて言っているのかは聞き取れている。しかし意味がわからない。
「行くところがないというのなら、うちに来ればいい、と言ったんだ。こんなところに突っ立ってたら、また絡まれるぞ」
――うちに来ればいい
直生は頭の中で何度も反復する。が、やはり意味がよくわからずに答えに悩む。
「え?」
「だから、うちへ来ればいいと言ったんだ」
何度も同じことを言わせているからか、神宮寺の眉間の皺はこれ以上深くはならない、というところまで深くなっている。
「チッ」
そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で舌打ちしたのが聞こえた。怒らせてしまったかな、と頭の回っていない直生もさすがに焦った。怒らせちゃったらどうなるんだろう。この間のチンピラより怖いんじゃないだろうか、とビクビクする。
しかし、いつもならば、おどおどしながらすぐに謝るところだが、やはり平常時とは違うのか、今はそれどころではなく、どうにでもなれ、という自暴自棄なところもあった。
「その様子ではネカフェかビジネスホテルを考えていたんだろう?」
「ウィークリーマンションも」
「あぁ。どこかに一時的に身を置きウィークリーマンションを探すのか。それなら、きちんと部屋を探した方がいいんじゃないのか?」
神宮寺は直生の少ない言葉から、今直生が考えていることを瞬時に理解したらしい。頭がいいのだろう。いや、普通はわかるのか? 少なくとも今の直生にはわからない。わかっていたら突っ立っていたりはしない。ただ、全部を話さずとも理解してくれたことはありがたい。
「元のアパートがまた新しくアパートを建てるみたいなので、そこができたらまたそこへ入居したいので」
「そうか。それなら、それまで俺の家にくればいい」
神宮寺がそういう。
何を言われたのか一瞬よくわからず、少しの間考える。そして、しばらくして泊めてくれると言ってるんだと思い当たる。
ありがたい。とってもありがたいがよく考えて欲しい。神宮寺はαだ。そして直生はΩだ。ヒートが不順で外見もΩらしさの欠片もないが、間違いなくΩなのだ。
そんなΩがαの家にのこのことついていくわけがない。回らない頭でだってそれくらいはわかる。
「ヒートのことなら大丈夫だ。間違いがあっても困るしな。家はふたつあるから俺のことは気にしなくていいし、いつまでいてくれても構わない。それとも、頼れる恋人でもいるのか」
「いません、けど」
いたら突っ立ってない、と心の中で付け加える。それにしても同じ家にじゃなくて安堵する。
「それなら好きに使えばいい。俺はもう一方の家を使うから。新しい部屋が見つかるまででもいいし、いつまでいてくれても構わない。会社に行くにはこの近所の方がいいのか?」
「あ、はい」
直生がついそう答えると、神宮寺は運転席にいた男に声をかける。
「それならそちらを貸す。乗れ」
運転手とは別の男が黙って後部座席のドアを開け、直生を見る。神宮寺の方を見ると、神宮寺は既に後部座席に収まり直生の方を見ている。
乗っていいんだろうか。借りるともなんとも返事してないんだけれど。そう思いながらも、ここまで来て借りませんとも言えないよな、とノロノロと後部座席に座る。
車に乗るとサンダルウッドの香りがより一層強く香った。今まで乗っていたからだろうか。先程よりも香りが強くなったことでなんだか安心する。なんとかなるんじゃないか、となんの根拠もないけれど思ってしまう。本当に不思議とこの香りは鎮静効果がある。
「今夜必要なものは買ったのか?」
「いえ、まだなにも」
「そうか。マンションの隣がコンビニだからそこで買うといい。コンビニで買えないもので他に必要なものはないか? 薬とか。薬と言えば抑制剤はあるのか」
神宮寺は矢継ぎ早に質問してくる。
「今夜はコンビニだけで大丈夫です。抑制剤は二錠あるので、明日病院に行けば大丈夫です」
「そうか」
ともだちにシェアしよう!