11 / 46
2-4
その後、神宮寺は黙った。直生があまり話さないからか神宮寺も黙る。少し気まずさを感じないでもないが、顔見知り程度の相手と普通に話せるような性格でもない。相手から訊かれたら答えるのが精一杯だ。
明日はスーツなんかも買いたいから一日。だめでも半日は休みを貰わないと、などと車窓を眺めながら、つらつらと考える。先程まで頭がきちんと回っていなかったというのに、神宮寺の香りに触れただけでホッとして思考もしっかりと回ってくる。
ウィークリーマンションって家賃は高いのだろうか。咄嗟にウィークリーマンションを考えたけれど、高いのか安いのかなんて全然わからない。それとも、本当に神宮寺に甘えてもいいのだろうか。いや、他人の好意にそこまで甘えるわけにはいかない。ウィークリーマンションが高いのなら、短期間でもいいからきちんと部屋を借りた方がいいのだろうか。もし、良いところがあるのなら元のアパートに戻らなくてもいいかもしれない。
そんなことを考えている間に車は止まった。それほど走った感じはしないから、ネオン街からはそれほど遠くはないのだろう。
車が止まると、運転手と助手席に座っていた男が真っ先に車を降り、神宮寺と直生の側のドアを恭しく開ける。神宮寺はいつもこうやって乗り降りをしているのだろう、とても自然だが直生はタクシー以外で人に開けてもらうことなどないから身を縮めるようにして、そそくさと車を降りる。
車から降り、目の前のマンションを見上げると首が痛くなった。一体、何階建てなんだろう。とても高い高層マンション−いわゆるタワマンだった。
運転していた男は車に戻ったが、助手席に座っていたもう一人の男は神宮寺の前を歩き、マンションへ入るために鍵を開け、数台あるうちのひとつのエレベーターボタンを押す。エレベーターは待ってましたと言わんばかりにすぐに開いた。
「エレベーターは専用エレベーターで他のエレベーターでは行けない。エレベーターを間違えるな」
神宮寺の言葉に言葉が出てこないが、恐らくセキュリティを考えてのことなのだろう。どう見ても一般のサラリーマンには見えない神宮寺には必要なセキュリティなのかもしれない。
「この辺に土地勘はあるか? あのネオン街からはさして距離はないが」
車窓を眺めていたが、途中までは見知った景色だったが途中からよくわからなかった。それは考え事をしていたからだけではない気がする。
「えっと。わかるような、わからないような。途中からよくわからなかったです」
ここからどう行けば見知った景色に出会えるのかがよくわからない。住んでいたアパートと同じ側へ来たけれど、途中からが違ったような気がする。
「それなら明日の朝迎えに来る。徒歩なら道も覚えるだろう」
道がわからない、と言えば迎えに来ると言われる。まさか、そう言ってくれるとは思わなかった。道がよくわからないからスマホのナビゲーションで歩こうと思っていたところだった。
それに、一人で呑気に散歩をするようにも見えない神宮寺の口から”徒歩”という言葉が出てくることも驚きだった。
そんなことを考えているうちにエレベーターは止まる。エレベーターを降りた廊下からは外を見ることができなかった。景色を楽しむことはできないが、これもセキュリティの一部なのだろうか? 専用エレベーターなんてものがあるマンションなんて初めて知ったのだからわかりようもないが。
エレベーターを降りて左へ行ってすぐ。前を歩いていた男が玄関ドアを開けると神宮寺が中へと入り、直生はその後に続いた。
「ここはオートロックだ。外出するときは鍵を忘れるな。入れなくなる。合鍵は念のため俺が持っておくがすぐに来れるとは限らないから気をつけてくれ」
そう言い部屋の案内をしてくれる。
玄関だけでもひろく、6畳くらいはあるのではないだろうか。玄関から入ってまっすぐが広いリビングダイニング。あまりにも広くて何畳あるのかさっぱりわからない。
リビングダイニングに来るまでの右手側にトイレと風呂らしき空間があり、左手側にもドアがあったからそこも部屋なのかもしれない。そしてリビングダイニングの奥の左右にもドアが見える。3LDKになるのだろうか。しかし、世の一般的な3LDKでじゃなく、かなり広いが。
神宮寺はリビングダイニング奥右側のドアを開ける。キングサイズと思われる大きなベッドが部屋の真ん中に置かれている。部屋の奥に大きな窓があるが、ぎりぎりベッドに陽がさすかどうかだろう。そのくらい部屋は広い。
ともだちにシェアしよう!