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「あったというか……」
「なにかあったんだな。なんでもいいから言え。驚かないから」
「ほんとだな?」
「ああ」
「……甘い言葉囁かれて、口説いてるから、って言われる」
「あぁ、なんだ。そのことか」
意を決して言った直生に対し和明は驚いたふうでもない。
「なに、それ。まるで知ってたみたいに」
「え〜。だって今さらじゃん。驚くことないだろ」
「なんで?」
「なんでって、そうでもなきゃ、よく知らない相手に部屋を貸したりしないだろうし、頻繁に食事に誘ったりもしないだろ。その時点で気づかないお前の方に驚きだわ」
「そうなのか……」
確かに不思議だった。帰る家を失ったとは言え、よく知りもしない自分に部屋を貸してくれたり、食事に誘われる意味が。いや、食事は単に一人で食べるのが味気ないからだと決めつけていたが。でも、和明はそれら全ての意味が最初からわかっていたということか。
「でも部屋を借りる前はただの顔見知り程度だったんだよ?」
「そんなの一目惚れってことだってあるだろうよ」
「一目惚れって……」
一目惚れと言われて、つい恥ずかしくなる。
「運命の番でさ、遠く離れていたってお互いの香りがわかったんだろう? 運命って言うんならさ一目惚れがあったっておかしくないだろ」
そうなのか。確かにインパクトはすごかった。それは確かだ。
「まぁ、鈍いのも直生だけどな」
和明はそう言って笑うと、出てきた長芋のふわふわ焼きに箸を通す。それを見ながら、箸でのの字を書いてしまう。
「でも、俺に一目惚れってあり得ないだろ」
「平凡だから。とか言うんじゃないだろうな」
「そうだけど」
「あのさ、運命って言うなら関係ないだろ。お前は平凡、平凡って言いすぎ」
ピシャリと言われてしまう。それにしても和明は運命の番っていうのがよほど気に入っているのか、事あるごとに運命、と言ってくる。
「運命の番に限らずさ、俺は運命ってあるんじゃないか、って思うんだよね」
それを指摘したらこう返ってきた。運命か……。運命なんて考えたことがなかった。だから運命があるのかもないのかもわからない。ただ、女性が好きそうだな、と思うだけで。
「まぁさ、運命じゃなくたって一目惚れってあるんじゃないの? 単にお前に一目惚れした、とかさ。……ほら、お前も食え」
長芋のふわふわ焼きを直生によこしながら和明が言う。お皿ごと引き受けるものの、箸はつけない。
確かに運命じゃなくたって一目惚れすることはあるだろう。そう考えながらも、一目惚れか〜と思う。どうもピンとこない。まぁ、神宮寺が直生に本当に一目惚れをしたのかは訊いてみないとわからないが、確かにそう考えないといつ好かれたのかさっぱりわからない。
「後はお前次第じゃね? まぁ、はっきりと告白されたわけでもないから、そのままにしておくっていうのもありかもよ? 返事欲しいならそう言うだろ」
考えてみればそうだ。神宮寺が直生に一目惚れしたのかは置いておいて、特に返事を求められているわけではない。まぁ、甘い表情で見つめられたり、甘い言葉を言われたりするのは無視することもできる。気づいていないふりをすればいいのだ。そう考えに至るとすっきりして、長芋のふわふわ焼きに箸を通す。うん、美味い。
「でも、一応考えてみるのもいいかもな。お前も嫌いじゃないんだろう?」
和明の問いに箸を休め答える。
「嫌いじゃないよ。ただ、恥ずかしい」
「恥ずかしいって?」
「んー。甘い表情で見つめられたり、甘い言葉言われることが」
「へ〜」
直生の言葉に和明はニヤニヤとする。
「なんだ。まんざらでもないんじゃん」
和明のニヤけた顔を見たくなくて、うつむいて長芋のふわふわ焼きをかきこむ。あまりに急いで食べてしまったのでむせてしまった。
「なんだよ。見るなよ!」
「へ〜へ〜。じゃあ俺は二人がくっつくのを楽しみに待ってるわ」
そう言ってニヤつく和明をじろりと睨みつける。和明はどこ吹く風で、次は何食べようかな〜とメニューに目を落としている。
好きだなんて言ってない。ただ、恥ずかしいだけだ。ドキドキするだけだ。それの理由なんて今は考えないことにする。
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