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第1話

 騒がしい。目が慣れない。  チカチカと光るライトの方を見やれば、複数人の男女がもつれ合うように音楽を楽しんでいる姿が目に映る。開けっぴろげな女性達に群れるように取り巻く男共。  まあ、気持ちはわかるかな、と思いつつもそんな男女の痴態をのんびり眺めていられる程、自分は老いてはいない。そもそも、と温くなったビールで唇を湿らせながら椎名はそんな事を思う。  久々に、気まぐれにも職場の飲み会に来たのが良くなかった。今日、会社全体で動いていたプロジェクトがようやく納品まで漕ぎつく事が出来た。周りの惨状を見れば無事、とは言えないだろうし、顧客からのクレームが出れば一大事だ。最悪一からやり直しになることだってある。リリースして、本格的に軌道に乗るまでは気が抜けない日々がまだ続くだろう。  けれど、こういうのはとにかく『終わった』という事実が大事だ。だからこそ今日は数年ぶりに騒ごう! と社内で同僚が騒ぎ始めたのがつい数時間前の事。  今まで大抵の誘いは断ってきたけれど椎名としても今日という日は流石に開放感に満ち溢れて、と言えば大げさだが客先に納品した瞬間、重かった頭や肩の力がすっと抜けたように感じていた。  それだけ、今回の仕事は大変だった。パソコンのモニタと睨み合ってプログラムを書いたりデザインしたりすることは嫌ではなかったが、帰宅時間が午前というのが当たり前なのは閉口した。  だからだろう。いつもなら断るはずの飲みの誘いに、つい乗ってしまった。飲みに行くだけならば一人でも出来るが、こういう時は同じだけ苦しみを味わっていた人達との方が楽しい。分かり合える事や発散出来る事が多いから。  けれど、まさかその結果居酒屋三件、女の子がいる飲み屋一件、最後、とここでクラブとは思っていなかった。  こういう場所はさすがにしんどい。元来騒がしいところは好きじゃない自分だ。せめてもう少し落ち着いた曲が掛かっているフロアならば良かったが、耳に入るのは早いテンポのユーロビート。ゆっくり、だなんて言葉が不似合いすぎる程はしゃぐ周囲の人間。  げっそりしつつ、隣の女の子と騒いでいる同僚を恨めしく睨んでみたが、気付きもせずに目の前の彼女に夢中になっているその男は、口説くことに必死ででもう椎名のことなど目に入っていないだろう。  ちょうどいいからこのままこっそり帰ってやろうかな、などと思っているとトントン、と肩を叩く感触がした。 「さっきから静かだけど、どうしたの? つまんない?」  振り向けばすぐ隣に居た女の子が耳打ちする。  もちろん、名前も顔も知らない子だ。大方同僚が声をかけた女の子達のグループの一人だろう。さりげなく香る甘ったるい匂いに苦笑いしつつ、首を振る。  二十代前半、といったところだろうか。存外可愛らしい顔をしているのに濃い目の化粧と大ぶりのピアスがミスマッチだ、と思う。ドレープの入ったキャミソールのワンピースといった露出の多い服装といい、顔の作りと趣味が一致していないな、と眺めつつ耳元で囁き返す。 「いや、飲み過ぎた。ちょっとぼーっとしてたとこ」  さすがにもうヤバイかもね、と持っていたビールグラスを見せながら笑って、一気に飲み干した。言動と一致していない椎名の行動を彼女の方はきゃらきゃらと笑う。  何がそんなに楽しいのか、こちらにはさっぱりわからないけれど、受けたのならそれはそれで良い。 「嘘つきー! まだ全然いけるんじゃん。おかわりいるなら持ってこようかー?」 「ン、」  頷いてグラスを渡すと、持ってきたげるね、と受け取ってカウンターの方へ向かう彼女。  正直今日じゃなければあの娘と二人で抜け出すのもありだったかな、と思いつつそっと、同僚には気付かれないように離れてフロアーを後にした。 周りも椎名の行動を不審がってはいない。飲み物をお願いして、トイレなり何なりに立つ自分をそれなりに演じられているようだ。  耳に痛いユーロビートと踊る周囲に目を向けながら、喧騒の世界からゆっくりと扉を開けて立ち去った。

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