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第2話 甘い恋のトラップ(4)
どことなくナツは気恥ずかしげにしていた。セックスのときはあんなにも手慣れている様子なのに――今は年相応というか、本当によく表情がころころ変わる子だ。
隆之はその愛らしさにドキリとしつつ言葉を返す。
「なら、次は家に呼ばせてもらうよ。出張も頼めるんだよな?」
「も、もちろんっ! てゆーか、隆之さんの家行ってもいーの?」
「ああ。狭いところなんだが、それでもよければ」
「そんなの気にしないって! 楽しみ!」
ナツが無邪気に笑い、ぎゅうっと腕に絡みついてくる。それを受け止めながら、隆之は自然と微笑みを浮かべている自分に驚いていた。
こうして会うたびに、少しずつ距離が縮まっている気がする。いや、というよりは、
(俺が、この子に惹かれているのか……?)
一緒にいたいと思えるし、もっと彼のことを知りたいとも思う。
しかし、相手は風俗店で働いているボーイなのだ。同性で立場だって違うのだから、普通に考えて恋愛感情など抱くはずがない。
そうとわかってはいるものの、心の奥底に生まれたほのかな想いを意識せずにはいられなかった。
◇
「及川、今日はプレゼンだったよな。クライアントからのフィードバックはどうだった?」
外回り営業を終えてオフィスに戻ると、上司から早速声をかけられた。
「概ね好評でしたよ。明日の打ち合わせで最終調整して、A案でFIX予定です」
隆之の返答に上司は満足げに口角を上げる。報告を済ませてからデスクに着き、パソコンを立ち上げたところで、今度は隣の席から声がかかった。
「順調そうで羨ましいなあ、おい。俺なんかまた課長にネチネチ怒られちまったぜ」
同期の川島だ。恨めしそうな視線を向けられて、隆之はため息をついた。
「またスケジュール寝かせてたのか?」
「俺じゃなくてクリエイティブの連中に言ってくれよお、俺の意見ガン無視しやがって」
「そこをどうにかするのが仕事だろ」
「うう、お前までそんなことをっ。あー癒しがほしいっ、ひと段落ついたら絶対オネエチャンのとこ行ってやんだ……」
泣き真似をする川島を横目に見つつ、そういえばと思い出す。
(川島のやつ……風俗に通ってる、って話をしていたな)
性行為は好きな人同士で――などと当然のごとく思っていたし、以前は適当に聞き流していたのだが、今となっては話を聞いてみるのも悪くない。
とはいえ内容が内容だ。オフィスでぺちゃくちゃと雑談するわけにもいかず、切り出したのは業務が終わってからだった。
「なんだよ、ついにお前も風俗デビューしたっての!? いいよなあ、明日からも頑張ろうって活力もらえてさ!」
「……大きな声で言うなよ」
最寄り駅までの道すがら、嬉々として川島が語る。隆之は苦笑しつつも、思い切って気になっていたことを訊ねてみた。
「なあ、川島は相手に恋愛感情のようなものを抱いたりするか?」
「は? なに、ガチ恋的な?」
「がち恋?」
「えーないないっ、だって向こうは仕事でやってんだぜ? こっちだって《ヤリ目》で通ってんだしありえねーって」
「そう、か」
やはりそういうものなのか。隆之が内心落胆していると、川島は少しだけ真面目なトーンになって続ける。
「その気にさせるのが上手い嬢にでも捕まったか? お前って生真面目だからヘンなハマり方しそうで怖ェわ。あくまで嬢と客――金ありきの関係なんだし、いろんな意味で身を滅ぼすことになりかねんぞ?」
「……ご忠告どうも」
川島が言っていることはもっともだ。傷心状態のところに優しくされたぶん、入れ込みすぎて勘違いをしそうになっているのかもしれない。あまりよくない傾向だろう。
(ナツにとっても、好きでもない相手からの好意なんて迷惑でしかないだろうしな……)
何をどぎまぎとしていたのか。心が沈むのを感じるも、考えてみればすぐにわかることだった。
川島と別れて一人になると、隆之はスマートフォンを取り出し、『Oasis』のホームページにアクセスする。
人恋しさを紛らわせれば、ナツじゃなくても――そんな思いから、適当に他のボーイのページを開いたのだった。
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