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第3話 笑顔の裏にあるもの(5)

「お前さん、ゲイじゃねェだろ? こんなとこ通わなくてもよさそうな面構えしてんのになあ――なに、女性風俗で失敗でもした? うちの子レベル高いもんなあ?」 「はあ……そう、ですね」  店前の掃き掃除をしながらベラベラと話しかけてくる京極。  対して、隆之はやや気圧され気味だった。適当に相槌を打ち、立ち去るタイミングをうかがうも、京極はさらに続けてくる。 「んで? ナツのどこがそんなに気に入ったんだ?」 「っ……」 「ンな身構えなくても、厄介なトラブルさえ起こさなけりゃどうだっていいさ。店の子の安全を守るのも仕事だから、客のことはちゃんとチェックしてるっつーの。お前さんみたいな客ならいいんだが――」  そこで言葉を区切って、背後に箒の柄を向けた。 「たとえばほら、ああいう待ち伏せするヤツとか」  見れば、建物の陰に三十代くらいの男が立っていた。どこか陰鬱な雰囲気を纏っていて、見るからに怪しい。  彼はバレたと気づくなり、足早に立ち去って行った。 「今のって」 「なかにはあんなふうにのめり込んで、精神も金もすり減らしていくヤツがいる。遊び慣れてねェみてーだから忠告しておくけど――ここはそういう店だよ、オニーサン?」  京極が肩を組んできて、耳元でいやらしく囁いてくる。  隆之は息を呑んだ。店で働いているボーイたちは、みなこのような危険に晒されているのだろうか。 「ナツはよく、ああいった被害にあっているんですか?」 「ほーお? お前さんはそっちに関心がいくのか」 「……どうも、彼はその気にさせるのが上手いようなので」  すると、京極は愉快そうに笑い声を上げた。ひとしきり笑ったあと、こちらの背を強めに叩いてくる。 「いや安心しろよ。そのために俺がいんだ――なんせ、みんな可愛い俺のガキなんだぜ? ワケありの子も多いし、目なんて離せらんねェんだわ」 「ワケあり……」  思わず復唱してしまった。頭に浮かんだのは昨夜のナツの姿だった。 『でも、俺だってホントは――満たされない何かを埋めたいのかも、ね』  ナツはそう言っていた。詳しくは話さなかったが、もしかすると彼も何かしらの事情を抱えているのかもしれない。 「ナツのこと、気になるのか?」  いつの間にやら、京極に顔を覗き込まれていた。  慌てて目を逸らすも、見透かすようにクスッと笑われてしまう。隆之は居心地の悪さを感じつつも頷くしかなかった。 「何というか、彼の……寂しげな表情を垣間見た気がして」 「そう思うんだったら、また会いに来てやんな。お前さんのこと気に入ってるみてーだし、きっと喜ぶだろうよ」 「……オーナーまで、気を持たせるようなこと言うんですね?」 「だって懐に余裕ありそうだし、俺も嫌いじゃねェからなあ」  ニッと調子よく笑って、京極は手をひらりとさせる。どうやら清掃も終わったらしかった。  隆之は軽く会釈してからその場を後にする。 (あの子の心を、俺が埋めてあげられたらいいのに……)  同じように寂しさを抱えているのなら――昨夜浮かんだ考えを、改めて思い返した。与えられるばかりでなく与えてあげたい、と。  どこまでいっても自分のエゴにすぎないが、いっそう募っていく想いを、そしてその正体を自覚せざるを得なかった。

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