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第3話 笑顔の裏にあるもの(4)
◇
「あ、おはよ。隆之さんっ」
翌朝、隆之が目を覚ますと、既に起きていたらしいナツと間近で視線が合った。心臓がドキッと音を立て、一瞬のうちに意識が覚醒する。
「……おはよう。もう起きてたのか、起こしてくれてよかったのに」
「せっかく気持ちよさそうに寝てんのに起こすワケないじゃん。今朝は顔色いいね、よく眠れた?」
「ああ、おかげさまで。こんなにもぐっすり眠れたのは久々だ……ナツの方こそ寝苦しくなかったか?」
「ぜーんぜんっ。隆之さんとくっついてるとホッとしてさ、俺も気持ちよく寝ちった」
ナツがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。いつもの明るい調子に、昨夜のことなど嘘のように思えた。
(いや、よそう。あまり詮索するのはよくないだろうし……)
と、ぼんやりとしていたら、ナツがこちらの顔を覗き込んできた。指で輪っかを作って舌を覗かせつつ、
「朝フェラした方がよかった?」
「っ、それは遠慮しておく」
イタズラっぽい笑みを浮かべるナツに、隆之はほんのりと顔を赤らめる。このままだと何の気なしに流されてしまいそうだったので、早々とベッドから降りて朝の支度を始めることにした。
「朝メシ作るけど、食べられないものあるか?」
キッチンに立ち、冷蔵庫の中を確認しながら問いかける。すると、後ろをついてきたナツが元気な声で答えた。
「えっ、隆之さんがご飯作ってくれんの? 俺、なんでも食えるよ!」
「といっても、時間も時間だし大したものじゃないが」
食事は簡単に済ませることが多いのだが、休日くらいはそれなりのものを食べるようにしている。
隆之が朝食として用意したのは、フライパンでこんがり焼いたフレンチトーストだった。その他にも作り置きしていたハッシュドポテトをはじめ、レタスとトマトのサラダ、ヨーグルト、コーヒーといった定番メニューが食卓に並ぶ。
ナツは想像していた以上に喜んでくれて、「美味しい!」とパクパク食べてくれたのが印象的だった。
そうして朝食を食べたあとは、ゆっくりとテレビを見つつ他愛のない話をし、次第に時間が迫ってきたので店まで送っていくことにした。その道中、ナツはずっとご機嫌だった。
「お泊り、楽しかったねっ」
「そうだな。ナツといると、純粋に楽しいし癒されるよ」
「俺も俺もっ! ね、また遊びに行ってもいい?」
「ああ、もちろん」
穏やかな空気が流れていて、気づけばあっという間に店の前まで辿り着いていた。
足を止めたナツは、きょろきょろとあたりを見渡す。頭に被っていたバケットハットを手に取ると、それで隠すようにしながら口づけてきた。
「ごめんね、チューしたくなっちった」
一瞬の出来事だったが、唇に柔らかな感触が残る。名残惜しそうな表情を見せられ、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
ナツはハットを被りなおし、再び明るく笑ってみせる。
「今日はここまでだね。送ってくれてありがとっ、またね!」
「あ、ああ。また……」
裏口に入っていく背中を見送りながらも、隆之は呆然としていた。
あれも一種の営業テクニックなのだろうか。しかし、それにしてはあまりに自然体すぎるような気もする――そんなふうにドキドキと夢見心地でいたら、ナツと入れ替えに着崩したスーツ姿の男が出てきてギクリとした。
「お、ナツの常連じゃん。まだいたのか」
「ど……どうも。お世話になっています」
反射的に隆之はぺこりと頭を下げる。いや、ここで「お世話になっています」と返すのもおかしな話ではあるのだが。
何度か店内で会ったことがあるその男は、どうやらオーナーらしい。名前は確か京極といったはずだ。金髪にサングラス、そして客に対しても高圧的な態度といったらヤクザとしか思えないが、
「……今どき、ヤーさんと繋がりあるような風俗ねェから」
(心を読まれた!?)
隆之は内心動揺する。もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。
京極は値踏みするような視線を向けてきて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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