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第3話 笑顔の裏にあるもの(3)

 そのまましばらく荒い呼吸を繰り返していたが、やがてどちらからともなく顔を見合わせ、微笑みを交わす。 「今の勝負、引き分けっつーことでいいのかな?」ナツが言った。 「君の方が少し早かった気がするけど」 「もー大人げないなあ」  言いながらもナツは楽しげだった。パッと抱きついて、じゃれるようなキスを仕掛けてくる。  かと思えば、「ベッドで続き、シよ?」などと艶っぽく誘うものだから、彼の魔性っぷりに参ってしまうのだった。  二人はベッドでさんざん交わったあと、一緒に入浴して再び寝室へと戻る。  客用布団を敷こうと思ったのだが、ナツが微妙な表情を見せたため、同じベッドで寝ることになった。 「へへ、隆之さんが前髪下ろしてんの新鮮っ。俺的にこっちのが好きだなあ――きっちりしてる人に隙ができる瞬間、ってドキドキすることない?」  ナツが髪を撫でてくる。仕事がある日はいつも整髪料を使ってセットしているため、こうしてラフな姿を見せるのは初めてだ。 「俺にはわからない感覚だな」 「ふーん? まあいいや。今日はいろんな隆之さんの顔見られて嬉しかったし、いい夢見られそうっ」  上機嫌で言って、隆之の首筋に顔を埋めてくる。お返しとばかりに柔らかな茶色の髪を撫でてやると、まるで猫をあやしているかのような気分になった。 (誰かとこうして一緒に寝るの、久しぶりだな……)  じんわりと伝わってくる人肌の温もりに、安堵感を覚える。  以前は彼女ともこんなふうに寝ていた。それが身を寄せるだけであまりいい顔をされなくなったし、思えばすでにその頃には気持ちが離れていたのかもしれない。  もしナツに出会えていなかったら、今頃自分はどうしていただろう。彼に救われているという自覚があるだけに怖いものがあった。 「なあ、ナツはなんでこの仕事してるんだ?」  気になって問いかけてみると、ナツはニヤリと笑みを浮かべた。 「おっ、それ訊いちゃう? プライベートな話題はご法度だよ~?」 「……確かにそうだよな。すまない、聞かなかったことにしてくれ」 「ウソウソっ! 他の子はどうだか知らないけど俺は別にいーよ? 家庭環境だって一般的だし、借金抱えてるとかそういった話じゃねーしっ」  ナツが少しだけ体を起こして、胸の上に乗ってくる。一息ついてから語りだした。 「んっとね、きっかけはスカウトでさ。もともと男同士でエッチすんの好きだったし、最初は興味本位だったんだけど……これがハマっちゃって。なんかね、いいなーって思っちゃったんだよね」 「そうは言っても大変だろ? その……体を売るわけなんだし」 「そりゃあもちろん。なかには精神病んじゃう子だっているくらいだし? でも、俺は――こんなでも誰かの心を満たすことができて嬉しいんだ。趣味と実益を兼ねて、っての? お金だって結構貰えるしね」  ナツは明るく言う。しかし、その表情はどこか寂しげにも見えた。 「君はそれで平気なのか?」 「え、何が?」 「人に与えてばかりで、君のその心はどうやって満たすんだろうと思って……」  言うとナツは笑顔を引っ込め、きょとんと目を見開く。隆之はハッとして、慌てて言葉を取り繕おうとした。 「悪い、出過ぎたことを言った。そもそもの話、君にはきっと〝いい人〟もいるだろうに」 「アハハッ、隆之さん眠くなってるでしょ? 言ってることめちゃくちゃじゃん」  笑いながらも神妙な面持ちだった。少しだけ何か考えるように黙り込んだあと、ナツはゆっくりと口を開く。 「……そんなこと言われたの初めて。俺も寂しいのかなあ、なんてちょっと柄にもないこと考えちった」  ぽつりと呟いて、隆之の胸に頬を擦り寄せてくる。甘えるような仕草に愛しさが込み上げた。 「ナツ?」 「隆之さんはあったかいね。……俺ね、恋人なんていないよ。『好き』なんて感情、もうとっくの前に麻痺してるんだ」 「え……」 「でも、俺だってホントは――満たされない何かを埋めたいのかも、ね」  それは独り言のように小さな声だったが、隆之の耳にはしっかりと届いた。  ナツは目を伏せると、それ以上何も言わない。また、隆之も触れることはしなかった。代わりに腕を回して抱きしめてやる。 「――……」  大人しくされるがままのナツは、やがて静かな寝息を立て始めた。  彼は一体、どのような人生を送ってきたのだろうか。あどけなさがやや残る寝顔を見つめながら思う。おそらく、自分とは違う世界で生きてきたに違いないが――、 (もし、君が同じように寂しさを抱えているのなら……)  自然と瞼が下りてきて、隆之はそっと意識を手放す。胸にナツの体温を感じながら、心地よい眠りに落ちていったのだった。

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