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第4話 加速する疑似恋愛(4)

「あ……うわ、マジか――あ、ありがと……」  先ほどまでの勢いはどこへやら。じわじわと頬に熱が集まっていくのを感じ、思わず目を背けた。  一体、どうしたというのだろう。今日は妙に意識してしまって落ち着かない。  その後は大型商業施設やカラオケボックスに入り、ラブホテルでセックスを――といった具合だったのだが、隆之とのデートを純粋に楽しんでいるナツがいた。 (俺ってば何やってんだろ。今日、全然仕事してねーや……)  本来なら客の要望どおりにサービスをするのが務めなのだが、仕事だということを忘れてしまうくらい、デートらしいデートだった。  ネオンがきらめく繁華街を歩きながら、ナツは隆之の顔を見上げる。 「今日、隆之さんと一緒に過ごせて楽しかった――つーか、俺ばっか楽しんじゃったかも」 「そんなことあるわけないだろ、俺も楽しかったに決まってる。それに、普段の君の姿を知れた気がして嬉しかったよ」 「そう?」首を傾げるナツ。「まあ確かにシフト入ってないときは、今日みたいな感じで一人遊びしてっかなあ」  言うと、隆之は意外そうな顔をした。 「え、友達は?」 「うーん……ボーイ仲間とはプライベートで会わないのが暗黙の了解だし、ちょっと前までは専門学校行ってたんだけど中退しちゃったしねぇ」 「そうなのか――え、専門学校って」 「おっと、そこ気になる?」 「あ、いや」  ここで踏み込んでこようとしないのが彼らしい。ナツは小さく笑みを浮かべた。 「ンなこと言って~、気になってるんでしょ?」 「別に、俺は」 「いーよ、教えたげる。俺、これでも福祉専門学校通っててさ――もともとは介護福祉士になろうと思ってたんだよね」 「……え」  隆之は目を大きく見開いた。  無理もない。風俗で働く男が介護職を志していたなんて、なかなか思わないだろう。が、ボーイにしたってそれぞれ私生活があるのだ。 「今、絶対嘘だと思ったっしょ?」 「ああいや、少し意外だと思って。てっきり美大あたりかと」 「まさか外見のこと言ってる? 実習のときなんかは黒染めして、ピアスも外してたよ? 学校じゃ『ホストやってそう』ってよく言われてたけど……って、ちょっとウケるよね。ホストじゃなくてウリ専だっつーのっ」  アハハと笑い飛ばしてみたものの、隆之は複雑そうな表情でこちらを見ていた。腑に落ちない、といったところだろうか。 「前にも言ったじゃん? 趣味と実益を兼ねて、っての。ボーイの仕事、俺は結構気に入ってんだ」 「ナツ……」 「やってることは違うけどさ、『誰かの心を満たせるのが嬉しい』って気持ちは変わらないよ。人に寄り添うの好きだし、その人の人生が少しでも豊かになればいいと思ってる」  それは本心であり、偽りのない思いだった。ナツは苦笑して続けた。 「まーそんでお仕事にハマった挙句、学校辞めちゃったんだけどさ。ぶっちゃけ介護士はいつだってなれるけど、ウリは若いうちしかできないから。なんつって――頭ユルい話だよねぇ」  言い終えると肩をすくめる。  今までは客にプライベートなことを訊かれても、はぐらかすようにしていた。  なのに、あっさりと話してしまうだなんて。先日のことといい、どうにも隆之には何でも話したくなってしまうのだ。  隆之は黙っていたが、やがて静かに口を開いた。 「君なりに考えて決断したことなんだろう? なら、それでいいじゃないか」 「ん、そうだね。後悔とか全然ないし……」  それに、隆之さんとこういった関係になってなかったかも――ナツは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。 (『こういった関係』って何だろう……俺と隆之さんの関係って)  嫌な感じがして、すぐに思考を振り払う。  それからは、他愛のない話をしながら夜道を歩いた。 「隆之さんがおじいちゃんになったら、俺が面倒見てあげられるよ」 「思いっきり老々介護じゃないか」  などと、言葉を交わしているうちにも、待ち合わせ場所に利用した駅が見えてくる。  改札口を前にし、ナツは隆之と握っていた手をほどいた。 「店までじゃなくていいのか?」 「ここまでの方がデートっぽくて――っくしゅ!」  夜風が冷たかったせいか、予期せぬところでくしゃみが出てしまった。  せっかくいい雰囲気で締めようと思ったのに、これでは台無しだ。ナツは恥ずかしく思いながら鼻をすする。 「今夜は冷えると聞いていたからな」  隆之が苦笑を浮かべる。かと思えば、バッグから薄手のマフラーを取り出し、そのままナツの首にかけてくれたのだった。

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