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第4.5話 交わらない感情(2)

「及川さん、さっきから大丈夫ですか?」  その声に隆之はハッとする。気がつけば、安藤が心配そうな面持ちで顔を覗き込んでいた。 「すまない、ちょっとぼんやりとしていて。何か話してた?」 「いえ」安藤は首を横に振って、「あの……もし飲みすぎたのなら、どこかで休んでいきますか?」  酒の勢いがあってか、そう口にする彼女の瞳には熱っぽいものが宿っている気がした。  ワンテンポ遅れて、隆之はいつものように微笑を浮かべる。「ごめん」と心の中で謝り、彼女の真意に気づかぬふりをして。 「大丈夫。ご心配には及ばないよ」  それだけで察したらしく、安藤が曖昧に笑い返してくる。  そのまま二人並んで歩いていき、まるで何事もなかったかのように他愛のない話をした。駅に着くと改札に入って別れの挨拶を交わす。 「今日はありがとうございました。また何かあったらよろしくお願いします」 「ああ、こちらこそ。気をつけて帰ってくれ」  と、踵を返そうとしたのだが、すかさず安藤の声が飛んできた。 「あのっ、及川さん――私、及川さんのこと尊敬してますから! 私が仕事で悩んでるときも、親身に相談に乗ってくれて本当に感謝しています。だからっ……これからも一緒に頑張りましょうね!」  周囲の視線がちらほらと向けられたが、彼女はそんなことを気にする素振りもなく、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。隆之は目を細めて、ゆっくりと口を開いた。 「ありがとう、そう言ってもらえて光栄だよ。これからもどうかよろしく頼む」  これまでどおり仲良くさせてほしい、と思いを込めて告げる。  安藤もまたホッとした様子で笑みをこぼし、小さく会釈をした。そうしてホームに向かっていく後ろ姿を見送りつつ、隆之は思う。 (やはり好意というものは、伝えてこそなんだろうか)  先日返されたばかりのマフラーに手を添えると、残っていないはずの温もりが感じられるようで、胸の奥が切なく締めつけられた。  いや、今の関係だって悪いものではないはずだ――そう言い聞かせるも、今となっては割り切った考えも虚しく思えた。  臆病で傷つくのが怖いから、何もせず現状維持を望んでいるだけ。自分のことは自分がよくわかっている、いつだってそうなのだ。 (でも……それで後悔してきたんだ。彼女とのことだって決心がついた頃にはもう遅くて――)  隆之は息をつく。  ストイックだの慎重派だの、周囲はポジティブに評価してくれるが、実のところは違う。  独りよがりで自分の感情ばかり優先しては、大事なものから目を背けて――そうやって想うだけに留めておいて本当にいいのか、と自問したのだった。

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