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第5話 さよならへのカウントダウン(2)
(あーあ、カッコわる……あとでオーナーに謝らないと)
物言いはきついが、京極はなんだかんだと面倒見がよく、あれでも心配してくれているのだということはわかっていた。
ただ、しばらくはその気になれなさそうで、夜の街をあてもなく彷徨う。ふと足を止めれば、隆之が住んでいるマンションが見えた。店から近いこともあってか、自然と足が向いてしまったのだ。
(何やってんだろうなあ、俺)
我に返って体を反転させる。自宅に帰るわけにもいかず、ホテルか漫画喫茶でも探そうと思ったところで、不意に声をかけられた。
「ナツ?」
声がした方を見やれば隆之の姿があった。
遅い時間帯だが、前髪を下ろしたラフな姿でエコバッグを手に提げているあたり、買い物にでも行っていたのだろうか。
「こんなところでどうしたんだ? まだ仕事中か?」
「あ、いや。ちょっと」
「ちょっと?」
「……た、隆之さんの顔見たくなっちゃったっつーか」
思わぬ出会いに動揺を隠しきれない。
いつもの軽い調子で言えばよかったものを、つい緊張してしまって駄目だった。自分で言ったにもかかわらず、恥ずかしさが込み上げてくる。
隆之はというと、目を丸くさせて固まっていた。
何とも言えぬ空気が漂うなか、突然スマートフォンの着信音が鳴り響いて二人して肩をビクつかせる。
「すまない」
着信が入ったのは隆之のスマートフォンだった。隆之は画面を確認すると、ナツに目をやる。
「非通知なんだが……多分『Oasis』だよな」
店からの電話は非通知設定がなされているため、おそらくそれだと思われた。予約の確認や出張の際などに電話をかけることがあるのだが、一体どういったことだろうか。
とりあえず電話に出るようナツが勧めると、隆之は通話ボタンをタップした。
「はい」と応答して、「ええ、いつもお世話になっております。及川です」
そう名乗ったあたり、『Oasis』からの電話で間違いないようだ。聞き耳を立てていれば、
「猫? ああ、ナツのことですか。彼なら――」
隆之の顔がこちらに向く。会話の内容は大方想像できた。
「~~っ!」
反射的にナツが首を横に振ると、隆之は「こちらには来ていませんが」と返してくれた。それからいくつかやり取りがあったのち、通話が終わる。
「『飼ってた猫が逃げ出した』ってオーナーが。店で何かあったのか?」
やはりその話だったか。しかし本人に言えるはずもなく、ナツは小さく呟いた。
「言いたくない」
「……そうか」
「他には何か言ってた?」
「一人にしておくのも何だし、もし家に来たら泊めてやってほしいと口にしていたよ。君のことを心配しているみたいだった」
「なにそれ……俺の行動までバレてんじゃん」
ここまで来たら笑うしかない。我ながらわかりやすい性格をしているとは思うが、京極はどこまで見抜いているというのだろう。
「ナツ」
情けない気持ちで俯いていたら、ぽんっと頭に手を置かれた。視線を上げれば、心配そうにこちらを見つめる瞳とかち合う。
「うち、来るか? その……今日はそういったことはしないって約束するから」
「え、シてもいーのに」
「いいって。仕事終わりで疲れてるだろ?」
隆之は柔らかく微笑み、そのままナツの手を引いて歩き出した。
部屋に上がると、リビングのソファーに座るよう促されたので、コートを脱いで腰掛ける。程なくして、マグカップを手にした隆之が隣に座ってきた。
「ついさっき、ちょうど思い立ってコンビニで買ってきたんだ」
たまに飲みたくなるんだよな、と差し出されたのはホットココアだった。
ナツは礼を言ってから受け取り、ふうふうと息を吹きかける。一口飲めば、ほどよい甘さと温かさが体に染み渡った。
「あったかくて美味しい」
微笑みかけると、隆之は安堵したように頬を緩ませる。
「飲み終えたらシャワーでも浴びたらどうだ。体、冷えてるだろ?」
「ん、お言葉に甘えてそうしよっかな。……隆之さんは一緒に入んねーの?」
「俺はもう済ませたからいい。その間に着替えでも用意しておくよ」
「ちぇっ、ざんねーん」
唇を尖らせながらも、隆之の体に寄りかかる。伝ってくる体温の心地よさに身を委ねていたら、やんわりと肩を抱かれた。
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