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15 色が消える瞬間 ※
「天音……目開けろって。お前の顔が見たくて前からやってんのに……」
お前の瞳が見たいんだよ……。
「ぁぁ……っ、…………っ」
耐えきれずに漏れたというような喘ぎ声と大きな震え。
きっともうすぐ絶頂を迎える。
「天音、ちゃんとイきそうじゃん」
今日はもう天音の瞳は無理かな。前からできただけでも良しってところか。
天音の頬を手のひらで包み、痛々しくぎゅっと閉じてるまぶたに指でふれる。
「そんなぎゅってしてたらつらいだろ。大丈夫だから開けろって」
俺のその言葉で、天音は閉じているまぶたにさらにぎゅっと力を入れた。
どうしてここまでかたくなに……。
そこで、嫌な考えが頭に浮かんだ。
もしかして、俺の顔を見るのが嫌なのか……?
セフレみんな? それとも俺だけ?
そういえば、ほかのセフレとはどうやって関係が始まったんだろう。
俺との始まりは、思い返せば最悪なスタートだった。唖然としてる天音を無理やりのようにホテルに連れてきて始まった関係。天音のセフレの中で、俺の立ち位置ってもしかして最下位か……?
ドクドクと心臓が鳴る。いやまさか。最下位はねぇよな?
誘えば必ず会ってくれる。最近は少しだけ穏やかな雰囲気を見せてくれる。抱くときはうわ言のように可愛く俺の名前を……。
違う。これはきっと全部、俺だけじゃないんだ。
考えれば考えるほど俺が最下位な気がしてくる。
大切な存在はいらない作らない。そう思ってるはずなのに、俺はどこかでずっと期待していた。天音がいつか俺に興味を持ってくれる日を。俺に気がある素振りを見せてくれる日を……。
これじゃ、そんな日なんて来るわけねぇな。
そう思ったら無性にイライラした。
思い通りにならない天音に、俺の顔も見たくないというように目を閉じ続ける天音にイライラしてる自分自身にイライラした。
ほんと俺……自分勝手で最低だ。
今まで一番嫌いだった執着してくる男。今の俺がまさにそれだろ。
「あ……っ、と……ま……っ!」
いつになく控えめに声を上げて天音が果てる。
それに合わせて俺も無理やり出した。天音相手にそんなことをしたのは初めてだった。
イライラがおさまらない。
早くタバコを吸いたい。
余韻にひたることもせず、すぐに天音から離れてベッドの背にもたれ、タバコに火を付けた。
タバコを吸ってもなにも落ち着かない。それどころかイライラが増していく。
こんなに感情が爆発するのはいつぶりだろう。
「……お前さ。なんでずっと目つぶってんの?」
八つ当たりだとわかっていて俺は聞いた。
自分自身にイラついてるのに天音に当たってどうする……。
もし「お前の顔なんて見たくねぇんだよ」とでも言われたら、逆に諦めがついてスッキリすんのかな……。
「……最中のことなんて知らねぇよ」
「はぁ? それはないだろ。目開けろって何回言ったと思ってんだ」
言うたびに力を込めて閉じてただろ、とますます苛立った。
だから……天音にイラつくのは違うだろ……。
「前からは……慣れてないんだ。マジで最中のことは知らねぇ……」
前からは慣れてない、という言葉に少しだけイライラが減った。
そうか。本当に慣れてないのか。いつも後ろからにこだわるのは俺にだけじゃないんだな。
でも、だからといって俺の顔を見たくないのかもって疑いがそれで晴れるわけじゃない。
なんで目を開けない?
なんでだよ。
「しらけるんだよ。ちゃんと目開けろよ」
おさまらないイライラのせいで、天音を攻撃する口を止められない。
俺は、俺に抱かれてるときのお前の瞳が見たいんだ。
わかった、次からは開ける、そんな答えを期待したのに、天音の発した言葉は俺の心臓を潰した。
「……しらけるなら……俺なんて切ればいいじゃん。セフレなんて他にいっぱいいるだろ」
そう言われるのは自業自得なのに、絶望感と同時に苛立ちが爆発した。
お前にとってはそんな簡単な話なのかよ。そうかよ。
「ふぅん」
売り言葉に買い言葉。
もう止まらなかった。
「じゃあ、切るかな」
タバコの煙と一緒に吐き出したその言葉は、もう取り返しがつかなかった。言ってしまってから自分で動揺した。
でも『切る』と断言したわけじゃない。大丈夫だろ。
『何言ってんの? 本気?』
そんなふうに返されたら、冗談だと言えばいい。
そう考えてからハッとした。そうだ。さすがの天音も動揺してくれたかも。
動揺しただろ?
動揺したよな?
「……あっそ。じゃ、今日で終わりな」
重そうな身体を起こしながら、天音は淡々とそう口にして俺に背を向けた。
『は?』
『何言ってんの?』
『マジ?』
『本気?』
そんな言葉もなく、天音は簡単に受け入れた。
お前はそんな簡単に……この関係を終わらせられるんだな……。
その瞬間に、俺の世界から色がふたたび消え去った。
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