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16 本当に天音は俺の特別だ

 嘘だろ……。  これマジなのか?  俺は天音を失うのか?  イライラなんてどっかに吹き飛んだ。  全身が心臓にでもなったみたいにドクドクと脈打ち、急激に手足が冷えていく。息も上手くできない。  立ち上がった天音の腕を慌てて掴んで引っ張った。  その弾みで、天音がベッドにふたたび座り込む。 「あーもう…………嘘だって。……ほんとお前って、俺に執着しないんだな」  腕を掴んだまま天音の肩に頭を預けた。  頼むから……行くなよ……。  まだ全身が心臓のようにドクドクしてた。 「……なに嘘って。意味わかんねぇ……。お前面倒くせぇよ」  面倒くせぇ。その言葉が胸を突き刺す。  だよな。ほんと……面倒くせぇよな……。  でも、『離せよ』と抵抗されるかと思えば、天音はそのまま動かなかった。  安堵で手が震えてくる。  ほんとにバカか俺は……。  大切な存在は作らないという理由以上に、俺は天音に切られるのが怖くて本気になれないんだろ……。  本気にならない、じゃない。怖くて本気になれないんだ……。  それなのに『切ろうかな』ってなんだよ。何言ってんだ。  でも、これでわかった。やっぱり天音は簡単に俺を切る。  もう切られそうで怖い、じゃない。切られるから怖い、に変わった。 「悪かったって。天音は特別だって言ってんじゃん。切るわけないだろ」  前にも一度、天音は特別だと言ったことがある。  あの時はセフレの中でも特別お気に入り、ただそれだけだと思って簡単に口にした。  でも今の『天音は特別』は全く違う。  天音の特別も、俺になればいい。俺になれよ。そう思って口にした。  本当にそれで俺が特別になれるならいいのにな……。  大切な存在はいらない、作らない、なんてもうどうでもいい。できてしまえば守ればいい。あんな思いをしないよう必死で守り抜けばいい。  もう誤魔化しきれないほど、俺は天音が大切だ――――。  でも、絶対に本気にはならない。天音に切られないよう、絶対に本気にならないようにする。  ただ、もし天音が俺に少しでも気がある素振りを見せることがあれば、そのときは強引にでも手に入れたいと思う。  思い通りにならない天音にイラついたなんて絶対言えない。  俺の顔が見たくないからか? なんて怖くて死んでも聞けない。 「だってさ。せっかく可愛い天音を見たくて前からしたのに、全然目開けてくんねぇから。……ちょっとすねただけ。ごめん」  本当のことなんて言えないからそう誤魔化した。 「さすが天音だな……。全然すがって来ねぇんだもん。マジ焦った……。ほんと……お前が相手だと調子狂う……」    本当に調子狂うよ。こんなに俺に興味を示さないお前に好かれるにはどうしたらいい……?  わからなすぎて本当に焦る。こんなに人に執着するのは初めてで自分に戸惑う。  天音の身体を後ろからそっと包んで抱きしめた。  本当に天音は……俺の特別だ。 「天音を絶対に傷つけないって言ったのに……ごめん」  切るなんて言ってほんとごめん……。 「……別に傷ついてねぇし、それはまた別の話だろ」 「……そっか」  傷ついてないのは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないな。  でも、よかった。天音がまだ俺のそばにいる。本当によかった。  黙って俺に抱きしめられてる天音にホッとする。天音のうなじにキスを落とすとふるっと震える天音に、いつも通りだ、とまたホッとした。 「天音、まだ時間いいだろ? もう一度ちゃんとやろ?」 「…………前は嫌だ」 「ん、今日はもう後ろでいいよ」  拒否られなかった……とまた安堵した。  性欲が強いからでもなんでもいい。天音が俺にずっと抱かれたていたいと思えるくらい死ぬほど優しく抱く。今までよりももっと優しく。  天音が俺に溺れるくらいに優しく。  また俺の世界が天音のおかげで色付いた。           ◇    「はぁ? お前マジでチキンだな? だっさ」 「……ああ、俺はチキンだよ。わかってるよ」  文哉が遠慮なく俺をこき下ろす。でも、そうしてほしくて話した。誰かに背中を押されたかった。  文哉の口は堅いから大丈夫だというマスターを信じて、天音のことを全て話した。マスターと文哉は長い付き合いらしいから信用できる。 「冬磨がチキンて何、なんの話? てか丸聞こえだぞ。大丈夫か?」  マスターが俺たちに顔を近づけて声をひそめた。 「文哉の声がでかいんだよ。ほんと頼むって」 「あ、悪ぃ悪ぃ。だってこんな冬磨を見れる日が来るなんてさ。まじ最高っ」  クックッと笑いながら「冬磨がさ」とマスターに説明を始める。 「週二回誘ったら切られるか? とか言い出すんだよ。まじウケるっ」 「ああ、なるほどな」  いろいろ察した顔でうなずいて、マスターが文哉に問う。 「文哉は天音見たことあるんだっけ?」 「いや、ない。冬磨を落とす奴ってどんな感じ?」 「俺は落ちてねぇ」  なんて俺の言葉は聞こえないとでも言うように二人は会話を続けた。 「まぁ、もし週二回誘ったら『勘弁しろよ』とか言いそうではあるかな?」 「えっ、マジ? そうなの? だから冬磨こんなチキンになってんだ」  マジで悩んでる俺を見て楽しそうに笑う文哉に、話すんじゃなかったと後悔した。 「文哉、おまたせ」  おまたせ?  なんだ文哉約束入ってたのか、と思った直後に、聞き覚えのある声だなと気づいて振り返った。 「ヒデ?」 「あれ、冬磨と一緒だったんだ」 「おう、チキン冬磨と一緒だった」 「チキン冬磨?」  文哉がさっそく口を滑らすから、口軽いじゃんっ! とマスターを睨む。 「ああ、他に誰も知らないのかって確認されたから、ヒデは知ってるって話したよ。お前がタバコ吸ってるときにな」 「……ああ、そうなんだ」  なんだ、とホッと息をつく。 「……つか、飲む約束でも入ってたのか?」  飲みじゃないだろうとは察していたけど、一応そう問いかけた。 「いや、飲みじゃねぇよ」  飲みじゃないのにここで待ち合わせなら、もうあとはホテルしかない。  え、マジで? 「二人ってそうだったっけ?」  セフレだったっけ?  と首をかしげる。全然知らなかった。 「冬磨と終わったって聞いて、俺が誘った」 「マジか。そうだったんだ」  答えた俺に、文哉がいい笑顔を向けたあと爆弾を落とす。 「俺、今めちゃくちゃ猛アタックしてんだよ。恋人になろうよってさ!」 「……は?」  恋人?  猛アタック? 「だから、それは嫌だって何度も断ってるだろ」 「なんでだよ、いいじゃん。俺いい男だろ?」 「自分で言った時点でアウト」 「いやいやいや、いい男はいい男なの!」  二人のやり取りにあっけに取られる。  恋人になろうよ、って……こんな簡単に言えるもん?  

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