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37 天音……ごめん……
「………っ……いった……。あー……俺いつ寝たんだ?」
ひどい頭痛と吐き気に襲われて目が覚めた。部屋はまだ暗い。
時間を確認しようとサイドボードに手を伸ばしたがスマホはなかった。
不思議に思い身体を起こして付近を見渡すと、スマホは枕の横に置いてあった。
スマホをいじりながら寝落ちたのかな……。寝た辺りの記憶が全くない。
手に取って時間を見るとまだ朝五時過ぎ。
しかし、時間よりも表示されてる通知に心臓がドクンと鳴った。
昨夜十一時過ぎに天音からメッセージが届いてる。
そうだ……。終わったら来てとメッセージを送ったが返事がなくて、あおるように酒を飲んで……。
そうだった……。今日天音に会ってちゃんと終わらせなくちゃな……。
重たい気分で天音からのメッセージを開いた。
『明日も仕事だから帰る。鍵はポストに入れたから』
メッセージの意味がわからない。どういうことだよ……天音が昨日ここに来た……? 俺は天音に会ったのか?
…………ダメだ。何も思い出せない。
あの男に抱かれたあとの天音に会えば諦めもつくだろうと思って『来て』とメッセージを送った。そのほうが覚悟を決めて天音を手放してやれると思ったからだ。
じゃあ俺は昨日、天音にセフレをやめようと伝えたのか……?
頭痛でガンガンする頭で必死に思い出そうとしてみたが、酒を浴びるように飲んだあとの記憶がない。
まさか天音に確認するわけにもいかないよな……。
記憶がないから返信もできない。
とりあえず頭を冷そうとシャワーを浴びた。
少し頭がスッキリしてくると、ぼんやりと記憶が戻ってくる。
そうだ。来ないと思っていた天音が来てくれたんだ。それで嬉しくなって……。
俺、天音を抱きしめなかったか……?
抱きしめた気がする。
それからどうした……?
……思い出せない。
そもそも終わらせるために呼んだのに、なんで俺は喜んだんだ……。バカなのか……。
シャワーから戻りテレビをつける。
昨日ほとんど手をつけなかった夕飯のおかずをレンジで温めていると、テレビのニュースが性暴力の事件を伝えた。同意のない性的暴行を……とニュースを読み上げるアナウンサーの言葉に、なにか分からない不安がよぎった。
まさか……そんなわけない。俺は天音を手放すと決めたのに、いくら酔っていたからってそんなはず……ないだろ。
自分を信じたいのに信じきれない。不安が消えない。
俺は急いで寝室に飛び込み、先日用意したばかりのゴムとローションを確認した。
ゴムは減ってない。ローションも使った形跡がない。
そうだよな……やってないよな……。
思わずホッと息をついたとき、ゴミ箱の中身が目に入った。
昨日の朝捨てたばかりなのに、ゴミ箱はティッシュのゴミであふれてた。
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
嘘だろ……っ。ゴムは減ってないのになんで……っ。
そのとき、またぼんやりと記憶がよみがえってきた。
『と……とうま、ゴム……』
『……いらない』
『えっ? あぁっ……!』
ゴムとローションが手から滑り落ちた。
俺は……ゴムも付けずに天音を抱いたのか……?
そういうことは好きな男としろと言っておいて、天音があの男を好きだとわかっていながら……?
嘘だろ……? 嘘だ。どうして……っ。
だんだんと、わずかに記憶が戻ってきて、俺は愕然とした。
そうだ。あきらかに事後だとわかる天音の後ろのゆるさに、頭に血が上って理性を失ったんだ。
思いやりの欠片もない抱き方をした気がする。あれじゃまるでレイプだろ……っ。
その記憶の衝撃に耐えられず、ふらりとひざまずいた。罪悪感が俺の胸を締めつけ、息もまともにできない。
手が震え、痛みが襲い、涙があふれる。
トラウマ持ちの天音に……なんてことしたんだよ俺はっ。
お前を絶対に傷つけないと誓ったのに。
何事もなかったかのような天音のメッセージ。どんな気持ちで送ってきたのかを想像するだけで、心臓をつぶされたような痛みが走る。
天音……天音……ごめん、本当にごめん……。
ごめん……。
◇
「何があったのさ。なんで終わらせるんだよ」
会って開口一番にヒデが問いかけてきた。
ほんとごめん、悪いけど手伝ってほしい、そう頼むと二つ返事でOKしてくれたヒデと駅で待ち合わせた。
「天音に本命がいたんだ。だから終わらせたほうがいいんだよ。ほかのセフレも全部やめさせる。言っても聞かねぇかもだけど……」
「本命ねぇ。でもそれ、余計なお世話かもしんねぇじゃん」
「いや……。相手のほうも絶対好きなんだ。たぶん天音が素直になれないだけなんだよ」
「ふぅん。……で、なんで俺が必要なんだよ」
「それは……」
天音と終わらせるためには、嫌われるのが一番話が早くていい。
でも、チキンな俺は天音に嫌われるようなことを言えそうになかった。
それなら、天音と約束してるのに別のセフレを呼ぶ、俺はそんなゲスなんだと天音に見せるのはどうかと考えた。いや実のところ、ほかの案が何も思いつかなかった。
以前俺が『切るかな』と言ったとき、天音は簡単に受け入れたから今回もそうなるだろうと思う。それでも保険としてヒデに手伝ってもらおうと思った。ちゃんと嫌われないと、俺が天音を追いかけてしまいそうだから。
それらをヒデに伝えると「なるほどね」「やってやるよ」と、呆れ顔ではあったが了承してくれた。
あんなひどい抱き方をしたんだ。天音はもう来ないかもしれない。
それならそれで終わらせる目的が果たせるからいい。つらいけど自業自得だ。
でも、あのメッセージを見るかぎり、天音はマンションに来ると思った。
「ビビビがこっち見てる」
マンションに近づくと、ヒデが小さく口にした。
やっぱり来るのか。なんで来たんだよ……。なんでお前はあんなことされても普通に来るんだよ……。
声が届くギリギリのところで俺は立ち止まった。
「天音……」
あまりに気まずくて近寄ることができない。
「冬磨……」
困惑顔で天音が俺を見つめてきた。
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