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39 ヒデの気持ち

「あいつ、なんかすげぇ怒ってたな?」    袋に入ったプリンを眺めて動けないでいると、ヒデがすぐ横にある花壇の縁に腰掛けていた。   「ヒデ……」 「何叫んでんのかまでは聞こえなかったけどさ。ちゃんと嫌われるってのは成功したんじゃね?」    あれは成功したのか……?  成功……なのかな。  あんなに怒る天音は初めてだ。たしかに成功したのかもしれない。   「ごめんな、ヒデ。憎まれ役なんて頼んじまって……」 「別に? ビビビはバー出禁だろ? 会うこともねぇし。どうでもいいよ。てか俺いらなかったんじゃね?」 「……いや、いてくれてよかったよ。ほんと、助かった」 「そ? お役に立てたならよかったけどさ」  もしヒデがいなければ、今日の約束をドタキャンする演出は難しいし、関係を終わらせるのだって言葉だけでは俺には無理だったと思う。  ヒデがいてくれて本当によかった。 「冬磨。ビビビと終わったんならさ。また俺とセフレに戻る?」 「……いや。俺、もうそういうのはいいわ」 「ビビビが好きだから?」 「うん。好きだから。そんな簡単に気持ち切り替えらんねぇよ」  天音と終わっても、俺はずっと天音が好きだ。  天音のそばにいられなくなったら、またモノクロの世界に戻るだろうとずっと思ってた。  でも、俺の世界はまだ明るかった。天音の幸せを願うだけで、天音の笑顔を守れたと思うだけで、切ないけど幸せなんだ。  ただ、最後に泣かせたことだけが気がかりだった……。 「冬磨。ちょっとこっち見て」 「……なんだよ」 「いいから」  言われた通りに顔を上げると、ヒデがじっと俺を見据えてくる。 「俺の目、どう見える?」 「どう……って?」 「お前が好きって、言ってる?」  ヒデの言葉が衝撃的で一瞬思考が止まった。 「…………え?」  今なんて言った?  好きって言ったか? 「お前さ。そういうの、敏感なんだろ?」 「……嘘だろ?」  ヒデからはそんな気持ちを感じ取ったことはない。  今だって何も感じない。  自分はそういうのには敏感だとずっと思ってた。  嘘だろ……?  すると、ヒデが真剣な表情をふと和らげて、ははっと笑った。 「実はさ。俺もわかんねぇの」 「え」 「ずっと弟みたいに思ってたよ、お前のこと」  それは知ってる。俺が一番よく分かってる。  ヒデはずっといい兄ちゃんで、俺を好きにはならない安心感がすごく居心地がよかったんだ。 「まぁ、好きになってもどうにもならないって分かってるから、対象外にしたってのもあるけどさ」 「……マジ……でか」  最初から対象外だと思ってた。ヒデからはそういう空気を感じてたのに、それは俺の思い込みだったのか……。 「ビビビが現れた時も、本気でよかったじゃんって思ったんだよ。でも、お前のデレデレした顔みたとき、ちょっとだけ嫉妬した。自分でもなんでかよくわかんねぇけどさ」 「……よくわかんない、って……」 「そう。よくわかんねぇの。嫉妬って好きだからするんだと思ってたしさ。じゃあ俺、お前が好きなのかなーって。わかんねぇから、お前に目ぇ見てもらった」  ヒデの目が、また俺を射抜くように見つめてきた。 「俺の目、お前が好きって言ってる?」 「……ごめん、わかんねぇ。よく見せられるギラギラした目じゃないことだけはわかるけど……」  好意を向けてくる熱っぽい目。ギラギラした目。俺が嫌いなそういう目では絶対にない。 「でも俺、もしお前が恋人になろうって言ってきたらOKするよ?」  ハッとした。文哉にはOKしないのに俺にはするのか……。 「そういうことだよ、冬磨」 「……そういうこと?」 「だから、そういうこと。ちょっとだけの好意は、お前は分かんねぇってこと」  ヒデが立ち上がって歩き出す。  ちょっとだけの好意……。  俺はなんでも分かった気になってた。熱っぽい目じゃなければ、俺に気がないと安心してた。  ヒデが、俺にちょっとは気があったって……そういうことか? 「じゃあな」 「ヒデ……ごめん」  なんでも分かってる気になって、俺はヒデを傷つけていたのかもしれない。 「別に、謝ってほしいわけじゃねぇって。そうじゃなくてさ。まだ気づかない?」 「……え?」 「ちょっと気があるくらいなら、ビビビもありえるってことだよ」  思いもよらないことを言われて、俺は言葉に詰まった。  あんな興味もないって目で俺を見る天音が……いや、ないだろう。 「じゃなきゃ、あんな怒んないんじゃね?」 「……いや、もしそうだとしても……どうにもならねぇよ」  ちょっと気があるくらいじゃ、あの男には太刀打ちできない。できるわけがない。  ヒデが「ふぅん。そっか」と、ため息まじりにつぶやいた。 「じゃあ俺、文哉が待ってるから帰るわ」  と、ヒデが手を振って帰りかけ、「忘れてた」と鍵を俺に向かって投げて寄こした。   「ヒデ、ありがとな」 「おー」 「文哉にも謝っといて」 「残業っつってあるから。本当のこと話したらあいつきっとうるさいし」 「うるさい?」 「嫉妬して、うるさい」  そう言ってヒデは顔をしかめた。  でも、さっき俺に見せた目よりも、よっぽど文哉が気になってるように俺には見えて、少しだけホッとした。  なんだかんだ、あの二人上手くいくんじゃねぇかな。そうなればいいな。    

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