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42 ヒデ、誤解してごめん
何言ってんだよ……初めてって……。
だってお前だって天音のセフレだろ?
そこでハッと気付かされる。そうか、それも演技の内なのか。
この男は天音のセフレじゃなかったんだ。毎日抱かれてなかったんだ。
そうか……ただのダチだったんだな。
ぶわっと嬉しさが込み上げて、でもすぐにはたとなる。
いや待て。だからって初めてって……。
「あんたが初めてだったんだよ。てか、天音はあんたにしか抱かれてねぇよ」
「は……いや、それは……ないだろ……」
「先週のあれ、大変だったぞ。シャワー貸せ、ローションあるかって。風呂場で『どれくらい広げればいいのかわかんない!!』って叫び出すしさ」
驚きに目を見張り、そして身震いがした。
天音の演技への本気が痛いほど伝わって、グッと喉が熱くなる。
そんなこと、想像もしてなかった。天音の気持ちを思うと胸が痛くて、俺はうなだれた。
「それ……マジなの?」
「マジだよ」
「…………嘘だろ……」
顔を手で覆って深い息をつく。
天音にセフレがいることは少しも疑わなかった。
俺が初めてって……あの日が初めてだったってことかよ。
初めてだからあんなに震えていたんだと知って、また身震いする。
『……締まってる……っほうが、きもちぃだろ……』
初めてなのにあんなに強がってたのか……。
俺がもらった天音の初めてはフェラだけだと思ってた。
天音の初めてがどうしてもほしくて奪ったフェラ。
フェラどころか……全部初めてだったなんて、そんな奇跡みたいな話……まるで夢だ。最高に幸せな夢すぎて震えが止まらない。
そうだ……フェラだけじゃない。生も奪ってた……。
「まぁ、あんたにとってはセフレの一人かもしんねぇけどさ。でも、天音は――――」
「俺だって天音だけだ」
「え?」
「もうずっと……天音だけだよ」
もう色々と情報過多で脳内が整理できない。
無表情は演技で、俺のことが好きで、天音を抱いていたのは俺だけで……。俺だけ……。
やべぇ。心臓痛てぇ……。マジで俺、死んじゃいそうだよ……天音。
「それなら早く天音を止めに行ってくれ」
その言葉にハッと我に返る。
そうだ、バーに行ってくれと初めに言われてた。
「天音、バーに行くって?」
真たちに会ったらどうなるか分からない。出禁だって言っただろっ。
「うん。たぶん今日から毎日。ほっとけばビッチまっしぐら」
「わかった。必ず止める」
「……ああ、頼む。あー……マジよかった」
男は心から安堵したというように言葉をこぼして膝に手を付いた。
この男は天音のセフレじゃなかった。天音のことを友人として大事に思ってる、それだけなんだ。
名前を聞こうとして、さっき彼女が呼んでたなと思い出す。たしか……そうだ敦司だ。
敦司か。本当にいい奴だな。
「教えてくれて、ありがとな」
敦司の肩をポンと叩き、駅に向かって走り出そうとして足が止まる。
ちょっと待てよ。じゃああのキスマは誰なんだ?
天音が俺にしか抱かれてないなら、誰なんだよ。
「あー……のさ。天音のキスマークってもしかして……」
誰って、敦司しかいない気がした。もしそうだとしたら、百歩譲って肩はいいとしても太ももは……。
「ああ、あれは俺じゃねぇよ?」
敦司じゃない?
「……じゃあ誰?」
「それは天音に聞いて」
敦司は口元をゆるませてそう答えた。
なんだよ、誰なんだよ。
◇
車を出せばよかったと後悔しながらやっとバーに到着した。
焦る気持ちでドアを開き店内を見渡すと、店の奥にいる天音の後ろ姿がすぐに目に入った。
「天音っ!」
思わず叫んで駆け寄ると、そこには怒った表情のヒデが天音の腕を掴んでいる姿があった。
ヒデっ?!
信じられない光景にカッと頭に血がのぼる。
俺は天音の腕を掴んでいるヒデの手をひねり上げた。
「おいっ! 天音に何したっ?! 天音に手出したら許さないって俺言ったよなっ!」
どうしてヒデがっ。なんでだよっ。
失望の波が押し寄せ、ヒデの行動に心の奥底から落胆した。信頼していた絆が一瞬にして破れたような気持ちだった。
そのとき、天音が俺の腕を掴んで慌てたように声を上げた。
「な、なにも……っ、なにもされてねぇよっ」
「えっ?」
「俺を心配して、帰ったほうがいいって言ってくれただけだよ」
……え、マジか……っ。
そうだよな、ヒデが天音を傷つけるはずがない。信じたいのに、天音が心配で信じきれなかった。
ごめんヒデ……。
俺の中に謝罪の気持ちが広がっていく。
気まずい気持ちで、掴んでいた腕をそっと離した。
「……な、んだ。そっか。ごめん、勘違いした」
「痛てぇよ、この馬鹿力」
「ごめん、ヒデ……」
ヒデは怒りもせず、あきれながらも意外そうな表情を浮かべた。
「冬磨のそんな怖い顔、初めて見たわ。冬磨も普通の男だったんだな」
「そりゃ……そうだろ」
「早く行きなよ。また店に迷惑かかるよ」
「ああ、わかってる。……マスター、ごめん」
マスターは「気にすんな」と笑った。
「あ……の、ごめんなさ……」
天音が気まずそうに口を開くと、マスターがわざとさえぎるように言葉をかぶせた。
「天音、冬磨とちゃんと仲直りしろよ?」
まだ騒動も何も起きてないのに、天音に謝らせたくなかったんだろうと思った。マスターらしい。
「冬磨、また日曜でよければ飲もう」
「うん、また連絡するわ」
マスターと肩を叩き合った。
ヒデと目を合わせると、早く行けよ言うように出口に視線を送ってくる。
ヒデが天音を守ろうとしてくれたおかげで、天音の計画が崩れて無事だった。ありがとう、ヒデ。俺が笑いかけると、そんな計画を知らないヒデが怪訝そうに眉を寄せるから、さらに笑みが漏れた。
「行こう、天音」
天音の手を優しく握って出口に向かって歩き出した。
「え……っ」
天音の戸惑う声が聞こえたが、俺は気にせず店をあとにした。
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